2017年02月20日

千人の忠実なファン(改訂版)

著者 ケヴィン・ケリー Kevin Kelly
訳  堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "1,000 True Fans" の日本語訳である。



千人の忠実なファン(改訂版)

これは、私が2008年に書いたエッセイを編集し、改訂したものである。今ではよく知られたこの考え方も、当時は萌芽期で不十分であった。アイデアの本質を理解しやすくなるように書き直し、時代遅れになったものを削除した。この考え方は、ものを作る人、あるいは何かを始めようとする人にとって有益だと思う。より長い原文を読みたければ、この改訂版の後に掲載している。− ケヴィン・ケリー
(訳注:ケヴィン・ケリーのサイトでは、改訂版の後に元の文章が続いているが、当サイトでは、改訂版と原文を別ページに掲載する。原文の翻訳はこちら。→「千人の忠実なファン」

--------------------

創作者として成功するために、百万は必要ではない。百万ドルのお金、百万人の購入者、百万人の顧客、あるいは百万人のファンは必要ではない。工芸家、写真家、音楽家、デザイナー、作家、アニメ作家、アプリ作者、起業家、または発明家として生計を立てるには、千人程度の忠実なファンがいるだけでよい。

…続きを読む

posted by 七左衛門 at 20:49 | 翻訳    

2016年07月26日

ケヴィン・ケリーにサインしてもらった


新著『〈インターネット〉の次に来るもの』の出版を記念して、先週、ケヴィン・ケリーが日本に来て、東京で何回か講演をしました。その講演会場で2年ぶりにケヴィン・ケリーと会ったので、早速、その新著にサインしてもらいました。

book.jpg


そのとき、「このところブログ The Technium が更新されないので面白くない」と私が言ったら、「今まで忙しかったが、頭の中に考えがいろいろとたまっている。今後何か投稿できるかも」という答えでした。もしかしたら近いうちに新しい投稿がありそうです。どんな文章を書いてくれるのか、楽しみです。
posted by 七左衛門 at 22:16 | 日記    

2015年04月06日

「私はスーパー人工知能を不安に思わない」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Why I Don’t Worry About a Super AI" の日本語訳である。



私はスーパー人工知能を不安に思わない Why I Don’t Worry About a Super AI

[この文章は、ジャロン・ラニアーがエッジに投稿した記事に対する私のコメントである。]


私がスーパー人工知能を不安に思わない理由

新しい技術については、それが及ぼす影響に基づいて考えるのが賢明である。ジャロン・ラニアーやその他の、人工知能(AI)に警鐘を鳴らす人たちの善意は、私も理解している。しかし、AIという難問に対する彼らの思考方法は、不安に依存しすぎていて、今までに得られた事実に基づいていない。私は4項目の反対意見を提示したい。

1.AIの進歩は指数関数的ではない。

2.AIの性能に満足できなければ、人間がAIのプログラムを作り直せばよい。

3.AIが自分自身でプログラムを作り直すのは、多くのシナリオの中で最も可能性が低い。

4.不安をあおるのでなく、良い機会だと考えたい。

…続きを読む

posted by 七左衛門 at 22:10 | 翻訳    

2015年02月02日

「エイリアン・インテリジェンス」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "AI, or Alien Intelligence" の日本語訳である。



エイリアン・インテリジェンス AI, or Alien Intelligence

2015年、ジョン・ブロックマンによる今年の質問は、「考える機械についてどう思いますか?」だった。これに対して、私は「人工的エイリアンと言えるかもしれない」と回答した。私の回答全文を以下に再掲する。

------------

考える機械を作るときに最も重要なのは、その考える方法が人間とは異なるということである。

進化の歴史における偶然によって、人間は地球上で唯一の知能を持つ生物種として暮らしている。そのせいで人間の知能は特異だと考えがちだが、それは正しくない。人間の知能は特異ではない。人間の知能は知能の集合体であるが、それは宇宙に存在しうる多様な知能や意識の中では、ごくわずかな片隅を占めているにすぎない。既知の他の知性と比べて、より多くの種類の問題を解決できるので、人間はその知能を「汎用的」と呼びたがる。しかし、人工の知性が次々と作られるにつれて、人間の思考は少しも汎用的でないことに気がつく。それは多様な思考の中の一つに過ぎない。

…続きを読む

posted by 七左衛門 at 21:41 | 翻訳    

2014年12月27日

「インフォメーション」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Information" の日本語訳である。



インフォメーション The Information

今月のワイアード誌で、私はジェイムズ・グリックと対談して、グリックの新刊について話を聞いた(訳注:原文発表は2011年3月)。まず、その記事の抜粋を示す。その後に、未公開対談の一部を掲載する。

情報はあらゆる所を流れている。電線や遺伝子を通じて、また、脳細胞やクオークを通じて流れている。今ではどこにでも存在するように思われているが、つい最近まで、情報とは何か、あるいは、情報がどのような役割をするか、私たちは全く知らなかった。科学作家ジェイムズ・グリックは、新刊『The Information(邦訳:インフォメーション―情報技術の人類史)』の中で、人間の生活の中で情報の役割が拡大していること、そして、新しい技術の速度や量、重要性が増加し続ける理由を実証している。


babbage&gleick.jpg
(チャールズ・バベッジとジェイムズ・グリック。生き別れの双子?)

…続きを読む

posted by 七左衛門 at 21:27 | 翻訳    

2014年11月30日

「新しいアイデアに反対しない」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Least Resistance to New Ideas" の日本語訳である。



新しいアイデアに反対しない The Least Resistance to New Ideas

California_Clipper_k.jpg
(1850年頃、米国G.F. Nesbitt & Co., printerによる)

何年も前に、サンフランシスコ・クロニクル紙が次のような短いコラムを掲載した。記者がインドを旅行したとき、ニューデリーで滞在したホテルの従業員に、自分はサンフランシスコ・ベイエリアから来た、と言ったところ、従業員は「おお、世界の中心ですね」と答えた。どうしてそう思うのか、と尋ねると、「世界の中心とは、新しいアイデアに反対しない場所のことだから」と言った。

サンフランシスコと未来志向との特別な関係について、これ以上の表現はないだろう。私の経験によれば、次の言明は真実だと思われる。新しいアイデアが湧き出る一人当たりの件数は、現時点では、地球上のどこよりもサンフランシスコ・ベイエリアが多い。

…続きを読む

posted by 七左衛門 at 18:06 | 翻訳    

2014年10月30日

「ビットが欲するもの」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "What Bits Want" の日本語訳である。



ビットが欲するもの What Bits Want

デジタルのビットにも生涯がある。ビットは人間の役に立っているが、人間はビットのことを何も知らない。ビットが本当は何を欲しているのか? 四つの異なるビットの身の上話を紹介しよう。

(A)
最初に登場するビット(ここでは「ビットA」と呼ぶ)は、キヤノン5D Mark IIカメラのセンサーで生まれた。ニューヨークでベビーカーの黒いプラスチックの取っ手をかすめた光線が、カメラのレンズに入って、大きめの切手サイズの小さな板に焦点を結んだ。鈍く虹色に光るその表面には、2100万個の長方形のくぼみがある。ベビーカーのハンドルの白く輝く部分から飛んできた光子は、カメラの中で赤緑青がモザイク状に配置されたフィルターを通過し、赤の画素番号6,724,573の微小な穴に入る。カメラの外で写真家がシャッターボタンを押すと、赤の画素番号6,724,573は、そこに到来した光子の個数を数える。さらに、隣接する緑と青の画素と比較して、とらえた色を計算する。画素番号6,724,573は、15個の新しいビットを生成する。その一つが我らのビットAであり、この画素が純白であることを示すのに一役買っている。

…続きを読む

posted by 七左衛門 at 22:15 | 翻訳    

2014年09月29日

「テクニウムの判定基準」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Technium Test" の日本語訳である。



テクニウムの判定基準 The Technium Test

私たちの小さな青い惑星の他にも、宇宙には千億個以上の銀河があって、それぞれに千億個の太陽があり、それぞれに数え切れないほどの居住可能な惑星がある。宇宙の中で、知覚のある生物が生息して独自の高度な技術を発展させている惑星を、何らかの方法で少なくとも1個、調査することができたとしよう。その惑星で、複雑な物体を発見した場合に、それが生物なのか、それとも創作物なのかを見分ける方法があるだろうか? ある特定の事例について、それが生まれながらの生命体なのか、それとも生命体によって作られた極めて高度な機械なのか、区別できるだろうか? どのような枠組みを使えば、「自然の」進化と、技術による進化とを識別することができるのか? その惑星の起源や最初の生活形を知らない場合に、その惑星における技術と生命体との差異について、何か特別な熱力学的または情報的な手がかりがあるのだろうか? 私としては、そのような判定基準は存在しないと思っている。

…続きを読む

posted by 七左衛門 at 22:37 | 翻訳    



過去ログ

2017年02月(1)
2016年07月(1)
2015年04月(1)
2015年02月(1)
2014年12月(1)
2014年11月(1)
2014年10月(1)
2014年09月(1)
2014年08月(1)
2014年07月(1)
2014年06月(1)
2014年05月(1)
2014年04月(1)
2014年03月(1)
2014年01月(1)
2013年12月(1)
2013年10月(2)
2013年09月(1)
2013年07月(2)
2013年06月(2)
2013年05月(1)
2013年04月(1)
2013年03月(2)
2013年02月(1)
2013年01月(2)
2012年12月(1)
2012年11月(1)
2012年10月(1)
2012年09月(2)
2012年08月(2)
2012年07月(2)
2012年06月(1)
2012年05月(1)
2012年04月(2)
2012年03月(1)
2012年02月(1)
2012年01月(2)
2011年12月(1)
2011年11月(1)
2011年10月(1)
2011年09月(2)
2011年08月(2)
2011年07月(1)
2011年06月(3)
2011年05月(2)
2011年04月(2)
2011年03月(2)
2011年02月(2)
2011年01月(1)
2010年12月(1)
2010年11月(1)
2010年10月(2)
2010年09月(3)
2010年08月(1)
2010年07月(2)
2010年06月(1)
2010年05月(2)
2010年04月(2)
2010年03月(1)
2010年02月(1)
2010年01月(2)
2009年12月(2)
2009年11月(1)
2009年10月(2)
2009年09月(2)
2009年08月(2)
2009年07月(1)
2009年06月(2)
2009年05月(4)
2009年04月(3)
2009年03月(2)
2009年02月(3)
2009年01月(3)
2008年12月(3)
2008年11月(4)
2008年10月(4)
2008年09月(6)
2008年08月(8)
2008年07月(5)
2008年06月(3)
2008年05月(7)
2008年04月(4)
2008年03月(7)