著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Will Spiritual Robots Replace Humanity by 2100?" の日本語訳である。
2100年までに精神的ロボットは人類にとってかわるだろうか?
Will Spiritual Robots Replace Humanity by 2100?
2000年4月にダグラス・ホフスタッター(『ゲーデル・エッシャー・バッハ』の著者)が「2100年までに精神的ロボットは人類にとってかわるだろうか?」という問題についての討論会をスタンフォード大学で開催した。参加者には、ビル・ジョイ、レイ・カーツワイル、ハンス・モラベック、ジョン・ホランド、そして私などがいた。問題は重大なものだった。
私は、問題を構成する一つ一つの言葉を分析して、問題に答えることにした。
2009年10月21日
2009年10月17日
次回予告
しばらく間があいてしまって恐れ入ります。2006年3月の記事、"Will Spiritual Robots Replace Humanity by 2100?" をただいま翻訳中です。
2009年10月04日
「技術の意義に関する私の探求」
著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "My Search for the Meaning of Tech" の日本語訳である。
技術の意義に関する私の探求 My Search for the Meaning of Tech
私は今までの人生の大部分で、ほとんど物を所有しなかった。30歳まで私は放浪者だった。安いスニーカーと破れたジーンズを身につけて、アジアの辺境を歩き回っていた。私がよく知っている都市は、中世的豊かさで満ちていた。土地には農業による緑があった。そのころ私が何かを触ると、それはほぼ確実に木か繊維か石でできていた。手を使って食事をし、山あいの谷を通って足で歩き、どんな場所ででも寝た。ほとんどお金を持たず、品物はなおさら少なかった。個人的所有物は、寝袋といくつかのカメラがすべてだった。
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "My Search for the Meaning of Tech" の日本語訳である。
技術の意義に関する私の探求 My Search for the Meaning of Tech
私は今までの人生の大部分で、ほとんど物を所有しなかった。30歳まで私は放浪者だった。安いスニーカーと破れたジーンズを身につけて、アジアの辺境を歩き回っていた。私がよく知っている都市は、中世的豊かさで満ちていた。土地には農業による緑があった。そのころ私が何かを触ると、それはほぼ確実に木か繊維か石でできていた。手を使って食事をし、山あいの谷を通って足で歩き、どんな場所ででも寝た。ほとんどお金を持たず、品物はなおさら少なかった。個人的所有物は、寝袋といくつかのカメラがすべてだった。
2009年09月25日
次回予告
2004年11月にケヴィン・ケリーが "The Technium" に最初に掲載した記事、"My Search for the Meaning of Tech" を翻訳しているところです。もうすぐ発表できると思います。しばらくお待ち下さい。
2009年09月21日
「人類は技術の生殖器官である」
著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Humans Are the Sex Organs of Technology" の日本語訳である。
人類は技術の生殖器官である Humans Are the Sex Organs of Technology
技術には独自の計略があると私は考えている。技術全体が、すなわち私の用語では「テクニウム」が、自立的であるという証拠は何か?というのは、自立的でないものが独自の計略を持つことはあり得ないはずだからである。私の解答は、三部構成になっている。
まず第一に、あるシステムが生存し続けるために他のシステムに依存しているとしても、そのシステムは計略を持ちうると私は思う。人間の知性と人間の文化を考えてみよう。当然ながら、人間は動物であり、単なる進化の産物である。ほ乳類として、生物学の法則に従わなければならない。人間は、生体組織としての方向性に組み込まれている。私たちの肉体は呼吸し、新陳代謝し、交尾し、排泄し、最後に死ぬ。人間の身体の行動計画は、他の動物の身体と全く同じである。
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Humans Are the Sex Organs of Technology" の日本語訳である。
人類は技術の生殖器官である Humans Are the Sex Organs of Technology
技術には独自の計略があると私は考えている。技術全体が、すなわち私の用語では「テクニウム」が、自立的であるという証拠は何か?というのは、自立的でないものが独自の計略を持つことはあり得ないはずだからである。私の解答は、三部構成になっている。
まず第一に、あるシステムが生存し続けるために他のシステムに依存しているとしても、そのシステムは計略を持ちうると私は思う。人間の知性と人間の文化を考えてみよう。当然ながら、人間は動物であり、単なる進化の産物である。ほ乳類として、生物学の法則に従わなければならない。人間は、生体組織としての方向性に組み込まれている。私たちの肉体は呼吸し、新陳代謝し、交尾し、排泄し、最後に死ぬ。人間の身体の行動計画は、他の動物の身体と全く同じである。
2009年09月19日
次の翻訳
何度か申し上げているとおり、最近のケヴィン・ケリーの文章は非常に長くて、ただ単に読むだけでも大変で、なかなか翻訳するところまでたどりつけません。
そこで、これからしばらくは、やや古い時期の短めの文章を少しずつ翻訳してみようと思います。その手始めに、2007年2月の "Humans Are the Sex Organs of Technology" をただいま翻訳中です。あと何日かすれば発表できそうです。もう少しお待ち下さい。
そこで、これからしばらくは、やや古い時期の短めの文章を少しずつ翻訳してみようと思います。その手始めに、2007年2月の "Humans Are the Sex Organs of Technology" をただいま翻訳中です。あと何日かすれば発表できそうです。もう少しお待ち下さい。
2009年09月13日
「進化が進化する手段としての技術」
著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Technology, or the Evolution of Evolution" の日本語訳である。
進化が進化する手段としての技術 Technology, or the Evolution of Evolution
技術を考えるとき、私たちは配管やら点滅する表示灯やらが目に浮かぶ。しかし宇宙の観点で見ると、技術とは加速する進化である。
概念上は、自然の進化とは、可能性の空間を探求することである。すなわち、適応システム ――この場合には生命―― が、あらゆる可能な形態の中から、生き残るための新しい形態を探索する方法である。その適応システムは、この形態やらあの形態やらを試してみる。丸いものや長いもの、遅いものや速いもの、足があるものや翼があるもの、など。探索という競技を継続できるような、いろいろな構造を用意する。そこで見つけられる形態のほとんどは、ごく短時間しか生き延びられない。しかし長い年月を過ぎると、生命というシステムは、非常に安定な形態に落ち着く。地球上での安定な形態とは、管状の腸であり、植物の葉であり、左右対称の形である。その形態のおかげで、生物はさらに多くの形態を探索し続けることができる。生物が「発見した」自然の進化はいずれも、より多くの革新を発見するための基盤となっている。この過程で、生命は生存形態の種類と、進化を持続する能力を拡大している。
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Technology, or the Evolution of Evolution" の日本語訳である。
進化が進化する手段としての技術 Technology, or the Evolution of Evolution
技術を考えるとき、私たちは配管やら点滅する表示灯やらが目に浮かぶ。しかし宇宙の観点で見ると、技術とは加速する進化である。
概念上は、自然の進化とは、可能性の空間を探求することである。すなわち、適応システム ――この場合には生命―― が、あらゆる可能な形態の中から、生き残るための新しい形態を探索する方法である。その適応システムは、この形態やらあの形態やらを試してみる。丸いものや長いもの、遅いものや速いもの、足があるものや翼があるもの、など。探索という競技を継続できるような、いろいろな構造を用意する。そこで見つけられる形態のほとんどは、ごく短時間しか生き延びられない。しかし長い年月を過ぎると、生命というシステムは、非常に安定な形態に落ち着く。地球上での安定な形態とは、管状の腸であり、植物の葉であり、左右対称の形である。その形態のおかげで、生物はさらに多くの形態を探索し続けることができる。生物が「発見した」自然の進化はいずれも、より多くの革新を発見するための基盤となっている。この過程で、生命は生存形態の種類と、進化を持続する能力を拡大している。
2009年08月27日
「ある方向へ無限に」
著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Infinite In Some Directions" の日本語訳である。
ある方向へ無限に Infinite In Some Directions
私たちはどこへ向かっているのだろう?技術はどこへ行こうとしているのだろう?
不確かな行動について、将来への延長線上で推定して判断することがよくある。ある現象がそのまま継続するならば、それはどこへ通じるのか?農場で抗生物質を日常的に使っていたら、100年後にはどうなるのか?みんなが携帯電話を絶え間なく使い続けていたら、500年後には社会はどこへ向かうのか?テクニウム(訳注:文明としての技術)が今の状態でさらに千年続いたとしたら、それは私たちの望んでいる世界になっているのかどうか?そもそもテクニウムは、このままの状態であと千年続くことができるのか?
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Infinite In Some Directions" の日本語訳である。
ある方向へ無限に Infinite In Some Directions
私たちはどこへ向かっているのだろう?技術はどこへ行こうとしているのだろう?
不確かな行動について、将来への延長線上で推定して判断することがよくある。ある現象がそのまま継続するならば、それはどこへ通じるのか?農場で抗生物質を日常的に使っていたら、100年後にはどうなるのか?みんなが携帯電話を絶え間なく使い続けていたら、500年後には社会はどこへ向かうのか?テクニウム(訳注:文明としての技術)が今の状態でさらに千年続いたとしたら、それは私たちの望んでいる世界になっているのかどうか?そもそもテクニウムは、このままの状態であと千年続くことができるのか?
