2012年05月14日

「生成物以後を“書籍する”」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Post-Artifact Booking" の日本語訳である。



生成物以後を“書籍する”  Post-Artifact Booking

クレイグ・モッドによる、この長くて詳細なシナリオは、画面上の出版に関する良い考察である。モッドは、デザイナー、思索家、出版者である。本と出版に関する「システム観」を概説していて、私が最近見た中では最も優れた本の定義を述べている。

実際のところ、検討に値する本は関係によってのみ形成されている。発想とその受け手との関係。著者と読者との関係。読者と他の読者との関係 ―― すべては時間を超えて書き物として存在する。


モッドはネットワーク化された本という考え方に賛同する。そして、オープンブックマークス(Open Bookmarks)の開発者ジェームズ・ブライドル(James Bridle)の言葉を引用している。

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2012年04月23日

「膨大な無」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "A Whole Lot of Nothing" の日本語訳である。



膨大な無  A Whole Lot of Nothing

OceanWave.jpg


私は海から2キロメートルほどの所に住んでいる。今日は自転車に乗って海岸まで行って、そこで波が次々と砕ける様子を見ていた。私の住むパシフィカの海岸の様子はこんな感じである。波が押し寄せ、風が波を吹き飛ばして泡立たせ、太陽が波頭を透かして輝く。岩の上にすわってその様子を眺めていると、見えるものすべてが無形だという確信に圧倒された。それは実在するが固形物ではない。固い岩の上にすわって、足の下にザラザラした砂があり、海水が波として打ち寄せて、頬に風の力を感じ、知識として海洋が生物にとってどれだけ重要かを知っている。このすべてが明白で間違いようのない目印であるが、その本質においては、あらゆるものが無形で重さのない、情報に近い何かでできているとそのとき明らかに感じられた(そして今でもそうだ)。

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2012年04月05日

「不変性と流動性」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Fixity vs Fluidity" の日本語訳である。



不変性と流動性  Fixity vs Fluidity

ニック・カーは、伝統的な紙の本における活字の不変性について、自分のブログで詳しく述べている。その記事では、大きくて分厚くて重い紙の本の魅力を余すところなく説明している。

カーが列挙している「四つの不変性」について、私なりに要約してみよう。

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2012年03月22日

「選択と必然と偶然」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Chosen, Inevitable, and Contingent" の日本語訳である。



選択と必然と偶然  Chosen, Inevitable, and Contingent

1964年のニューヨーク万国博覧会を見に行った私は、目を丸くして口をポカンと開けた子どもだった。必然的な未来が展示されていて、私はそれを丸ごと飲み込んだ。AT&T(米国電信電話会社)館では、テレビ電話が動作していた。テレビ電話という発想は、科学小説(SF)では百年前から未来予想のわかりやすい事例として知られてきた。それが目の前で実際に動作している。そのとき見ることはできたが、使う機会はなかった。しかしテレビ電話が近郊生活に浸透する様子を示す写真が、ポピュラー・サイエンス誌やその他の雑誌に掲載されていた。私たちはみんな、それが自分の生活にいつか出現すると期待していた。さて、つい先日、それから45年後に、1964年当時に予言されたのとまるで同じようなテレビ電話を私は使った。妻と私はカリフォルニアの書斎で湾曲した白い画面をのぞき込んで、上海にいる娘の動画を見ていた。それは昔の雑誌の挿絵に描かれたテレビ電話のまわりに集まる家族に似ていると思った。中国にいる娘は自分の画面で私たちの姿を見ながら、取るに足りない家庭の雑事についてのんびりとおしゃべりした。このテレビ電話は、みんながこうなると想像していた通りのものである。ただし、三つの重要な点を除く。その機器は、厳密には電話ではなく、こちらはiMac(アイマック)であり、娘はノートパソコンである。通話は無料(AT&Tではなく、スカイプ経由)である。そして、問題なく使用可能であり無料であるにもかかわらず、テレビ電話は一般的になっていない ―― 私の家族にも。つまり、必然的だったはずのテレビ電話は、昔の未来予測とは違って、現代の標準的な通信手段にはなっていない。

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2012年02月19日

「ソーシャルメディアの幽霊会員たち」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Ciphers of Social Media" の日本語訳である。



ソーシャルメディアの幽霊会員たち  The Ciphers of Social Media

私のサークルにいるこの人たちは誰なのか?

Screen Shot 2012-02-13 at 3.46.26 PM.jpg

驚いたことに、56万強の人たちがGoogle+(グーグルプラス)で私をサークルに入れている。すなわち、50万以上の見知らぬ人がGoogle+で私の話を聞きたがっているということだ。この集団の人数は、私が編集していた頃の雑誌「ワイアード」の読者数よりもはるかに多い。

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2012年01月15日

「再現できない実験結果」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Irreproducible Results" の日本語訳である。



再現できない実験結果  Irreproducible Results

科学的手法(人間がものごとを知る方法)は、その誕生から今日までの400年と比べて、今後の50年でより大きく変化すると私は断言する。科学的手法の新しい進化の一つは、過去10年のうちに出現し始めている。

現在の科学的手法において重要で規範的な概念とは、実験は誰か別の人により再現可能でなければならないということである。これによって客観性、すなわち自分で自分をごまかしていないということを保証する。

2010年に雑誌ニューヨーカーに掲載された、ジョナ・レーラーによるすばらしい記事 The Truth wears Off, (pdf) (真実は減耗する)では、実際に再現された実験はごくわずかしかないと述べている。そのわずかな再実験でも同じ結果を示すものはほとんどない。とくに生物科学においてはそうである。

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2012年01月04日

「公共が失うもの」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "What the Public Commons Is Missing" の日本語訳である。



公共が失うもの  What the Public Commons Is Missing

アイデアや創作の自然な居場所は、共有地すなわちパブリックドメインである。私たちは、アイデアや芸術や発明の創作者に対して、その創作物を共有地の外に置いて一時的に独占権を与えるという工夫をして、より多くの新しいものを作ることを奨励している。それは良いことだ。しばらくの間、米国におけるその一時的期間は、著作権については作品が創作されてから58年(訳注:正確には56年)、特許については17年であった。

不幸なことに、創作者は法人になって、彼らは法律改正のロビー活動をしてきた(さらに国会議員選挙で経済的な支援をした)。この法律改正により、それまでは「一時的」だった期間が、著作権については無期限にまで延長された。(訳注:正確には公表後95年)

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2011年12月21日

「過激な楽観主義」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Radical Optimism" の日本語訳である。



過激な楽観主義  Radical Optimism

私は今の世の中で最も楽観的な部類の人間である。世界はいろいろな点で日々良くなりつつあると本気で思っている。しかし、昨夜(訳注:2011年3月22日)、私よりもさらに激しく楽観的な人に会った。うれしいことだ。私はまだ成長する余地がある!

ロングナウ財団の長期思考に関するセミナーで、マット・リドレーが "Deep Optimism"(強度な楽観主義)と題して講演した。リドレーは最近の著書 "The Rational Optimist"(邦訳 『繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史』)で、人間の文化は言語により形成されたもの(これが社会通念だ)ではなく、アイデアの交配により形成されたと主張している。これは有益な理論ではあるが、まだ驚くほどではない。それよりもずっと刺激的で強力なことがある。リドレーはさらに大胆な主張をしている。進歩は本物であり、永続的で広範囲に波及し、しばらくの間はとどまることはないという。言い換えれば、文明全体はこれまでに、そして現在も、真の成長を遂げている。それは文明のいろいろな側面にかかわり、しかも特権階級だけでなく大多数の人にとっての成長である。さらに言えば、この善事には止まる気配がない。

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