著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Myth of the Lone Villain" の日本語訳である。
単独犯行による人類破滅はありうるか? Myth of the Lone Villain
ハリウッド映画にありがちな表現として、邪悪で天才的な狂人が、自分で発明した新技術を使って多数の人間を殺す(または、殺すと脅迫する)というものがある。孤独で邪悪な天才は、必ず、ハイテク完備の秘密の隠れ家にいて、一人きりで仕事をする。この時点で、このシナリオは全くの作り話だ。なぜならば、それだけの技術全部を自分一人で運用することは、不可能だからである。たとえば、3台の計算機とネットワークをただ一人だけで維持管理し続けることは困難である。その狂人の電子開閉扉は、発明した直後であれば、きっと毎月1回は故障する。それでは、殺人光線兵器を発明して、利用可能な状態を維持できるのか? いや、無理だ。孤独な天才は、人類を破滅させることはできない。その種の威力を行使するには、協力が必要である。
そこで、私は、新しい法則を提示したい。「一人の人間が他人を殺害する能力は、昔と比べて増大してはいない。」
2013年06月05日
2013年05月20日
「不気味の谷を越える」
著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Beyond the Uncanny Valley" の日本語訳である。
不気味の谷を越える Beyond the Uncanny Valley
昨夜、映画「タンタン」を見た(訳注:原文発表は2012年1月)。素晴らしいものだった。不気味の谷を越えて、ハイパーリアル(超現実感)に突入したのだと思う。
不気味の谷とは何か? ロボットやアニメーションを人間らしく見えるようにすると、あるところまでは、次第に親近感が強くなる。しかし、人間にかなり近づいてくると、わずかに残る差異のせいで、気味が悪いと感じることがある。それが「不気味の谷」の理論であり、映画「ポーラー・エクスプレス」の登場人物や、ピクサーの初期の短編映画の赤ん坊を見たときに、気味が悪いと感じる理由だと推測されている。その登場人物は、却下するには人間的すぎるし、受容できるほどには人間的でない。コンピューター・アーティストたちは、人工的な生物については、ずっと昔に、100%の現実感というテストに合格している。たとえば、映画「アバター」のナヴィ、映画「ロード・オブ・ザ・リング」のゴラムなど。そして今、人間についても(少なくとも私にとっては)、「タンタン」でそのテストに合格した。

石黒浩『ロボットとは何か』(講談社現代新書)より
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Beyond the Uncanny Valley" の日本語訳である。
不気味の谷を越える Beyond the Uncanny Valley
昨夜、映画「タンタン」を見た(訳注:原文発表は2012年1月)。素晴らしいものだった。不気味の谷を越えて、ハイパーリアル(超現実感)に突入したのだと思う。
不気味の谷とは何か? ロボットやアニメーションを人間らしく見えるようにすると、あるところまでは、次第に親近感が強くなる。しかし、人間にかなり近づいてくると、わずかに残る差異のせいで、気味が悪いと感じることがある。それが「不気味の谷」の理論であり、映画「ポーラー・エクスプレス」の登場人物や、ピクサーの初期の短編映画の赤ん坊を見たときに、気味が悪いと感じる理由だと推測されている。その登場人物は、却下するには人間的すぎるし、受容できるほどには人間的でない。コンピューター・アーティストたちは、人工的な生物については、ずっと昔に、100%の現実感というテストに合格している。たとえば、映画「アバター」のナヴィ、映画「ロード・オブ・ザ・リング」のゴラムなど。そして今、人間についても(少なくとも私にとっては)、「タンタン」でそのテストに合格した。

石黒浩『ロボットとは何か』(講談社現代新書)より
2013年04月30日
「新しいものによる苦痛」
著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Pain of the New" の日本語訳である。
新しいものによる苦痛 Pain of the New
新しいメディア技術が出現したとき、アレルギー反応を起こすことがよくある。それが必要不可欠なものだとわかるまでは、私たちは、新しいものを苦痛だと思うらしい。
私は「ホビット」の映画を2回見た。1回目は「標準」モードで見た。その翌日、今度は「ホビット」を毎秒48コマのHFR(ハイフレームレート)3Dで見た。HFRとは、より高度な現実感を約束する、映画におけるハイテクである。HFRは、驚くほど本物らしく見えた。そして、最初は戸惑いを感じた。
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Pain of the New" の日本語訳である。
新しいものによる苦痛 Pain of the New
新しいメディア技術が出現したとき、アレルギー反応を起こすことがよくある。それが必要不可欠なものだとわかるまでは、私たちは、新しいものを苦痛だと思うらしい。
私は「ホビット」の映画を2回見た。1回目は「標準」モードで見た。その翌日、今度は「ホビット」を毎秒48コマのHFR(ハイフレームレート)3Dで見た。HFRとは、より高度な現実感を約束する、映画におけるハイテクである。HFRは、驚くほど本物らしく見えた。そして、最初は戸惑いを感じた。
2013年03月23日
「希有なことが普通になる」
著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "The Improbable is the New Normal" の日本語訳である。
希有なことが普通になる The Improbable is the New Normal
警察官や救急医、保険数理士たちは、みんな知っている。常軌を逸した希有な出来事が、年がら年中いくつも起こっていることを知っている。泥棒が煙突の中で身動きできなくなる。追突事故でフロントガラスから投げ出されたトラック運転手が、足から着地して、歩いて逃げる。野生のアンテロープが自転車に乗っている人を突き落とす。結婚式のろうそくの火が花嫁の髪を燃やす。海に面した裏庭で釣りをしていた人が大きなサメを釣り上げる。昔は、このような珍しい出来事が公開されることはなく、単なる噂として、あるいは友達の友達から聞いた話として語られるのみで、あまり信じてもらえなかった。
しかし、今では、それがユーチューブ(YouTube)に投稿されていて、私たちの視界に入ってくる。あなたもそれを見ることができる。先に述べた突拍子もない不思議な出来事は、いずれもユーチューブで数百万人が見ている。
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "The Improbable is the New Normal" の日本語訳である。
希有なことが普通になる The Improbable is the New Normal
警察官や救急医、保険数理士たちは、みんな知っている。常軌を逸した希有な出来事が、年がら年中いくつも起こっていることを知っている。泥棒が煙突の中で身動きできなくなる。追突事故でフロントガラスから投げ出されたトラック運転手が、足から着地して、歩いて逃げる。野生のアンテロープが自転車に乗っている人を突き落とす。結婚式のろうそくの火が花嫁の髪を燃やす。海に面した裏庭で釣りをしていた人が大きなサメを釣り上げる。昔は、このような珍しい出来事が公開されることはなく、単なる噂として、あるいは友達の友達から聞いた話として語られるのみで、あまり信じてもらえなかった。
しかし、今では、それがユーチューブ(YouTube)に投稿されていて、私たちの視界に入ってくる。あなたもそれを見ることができる。先に述べた突拍子もない不思議な出来事は、いずれもユーチューブで数百万人が見ている。
2013年03月13日
「中華的テクニウム」
著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Middle Kingdom Technium" の日本語訳である。
中華的テクニウム Middle Kingdom Technium
興味深い課題を私にメールで送ってきた読者がいる。中国の南京大学大学院の学生で、次のように書いている。
これは非常に良い質問だ。私が尋ねてみたいことをまとめてみた。この学生が出会った人に、ぜひ質問してほしい。質問の大部分は、中国に限らず、どこでも通用するものだと思う。実際に、私とは違う種族の人たちの答えを聞いてみたい。私の考えた質問を以下に示す。
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Middle Kingdom Technium" の日本語訳である。
中華的テクニウム Middle Kingdom Technium
興味深い課題を私にメールで送ってきた読者がいる。中国の南京大学大学院の学生で、次のように書いている。
私の専攻は民族学です。博士論文の研究テーマは、比較文化の視点から見た技術と社会という問題です。私の論文では、技術に対する少数民族の関わり方、とくに少数民族が技術を利用して、民族の独自性を維持し、それを広報するとすれば、どのように、またどの程度まで、技術が社会的な道具となりうるかについて重点的に考察するつもりです。あなたが中国の田舎を何週間か歩き回って、技術に関して現代中国社会の周縁部にいる人々と話をする機会と時間があるとしたら、どんな質問をしてみたいと思いますか?
これは非常に良い質問だ。私が尋ねてみたいことをまとめてみた。この学生が出会った人に、ぜひ質問してほしい。質問の大部分は、中国に限らず、どこでも通用するものだと思う。実際に、私とは違う種族の人たちの答えを聞いてみたい。私の考えた質問を以下に示す。
2013年02月26日
「生産性以後の経済」
著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "The Post-Productive Economy" の日本語訳である。
生産性以後の経済 The Post-Productive Economy
この農家の写真をご覧いただきたい。これは、私が中国雲南省の奥地で見てきた建築中の家だ。このような家は珍しくない。この規模の農家は、中国の田舎ならどこにでもある。この壮大な建物の大きさに注目して欲しい。柱は、それぞれ一本の大木から切り出したものだ。どっしりした土壁は、3階の高さで、上に行くほど幅が狭くなっている。この家は、一つの大家族のもので、伝統的なチベット農家の様式で建てられている。米国のたいていの中流階級の家よりも大きい。家の内外に設けられた木の彫刻は、完成した家の写真に示すように極彩色に塗られる。雲南省のこの地域は、中国の中でも貧しい地域と考えられていて、居住者の生活水準は「貧困」に分類されるだろう。
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "The Post-Productive Economy" の日本語訳である。
生産性以後の経済 The Post-Productive Economy
この農家の写真をご覧いただきたい。これは、私が中国雲南省の奥地で見てきた建築中の家だ。このような家は珍しくない。この規模の農家は、中国の田舎ならどこにでもある。この壮大な建物の大きさに注目して欲しい。柱は、それぞれ一本の大木から切り出したものだ。どっしりした土壁は、3階の高さで、上に行くほど幅が狭くなっている。この家は、一つの大家族のもので、伝統的なチベット農家の様式で建てられている。米国のたいていの中流階級の家よりも大きい。家の内外に設けられた木の彫刻は、完成した家の写真に示すように極彩色に塗られる。雲南省のこの地域は、中国の中でも貧しい地域と考えられていて、居住者の生活水準は「貧困」に分類されるだろう。
2013年01月20日
「本を読んでくれたらお金を払います」
著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "I'll Pay You to Read My Book" の日本語訳である。
本を読んでくれたらお金を払います I'll Pay You to Read My Book
今では誰も、ノンフィクションの大きい本を読まなくなった。そんな時間のある人はいないのだ。大いに苦労して、みんなにノンフィクションの大冊を買ってもらったとしても、たいていの人はその本を読まない。家に持って帰ったとたんに、「あとで読む本」の棚に置かれるだけだ。あるいは、電子書籍リーダーの「受信箱」にたまっていく。私には、わかっている。購入された本がどれほど読まれていないか、著者である私はよく知っている。みんなが本を買ってくれるのはありがたいことだが、購入した(または、借りた)本が読まれていないとすれば、それは著者としては失敗だという気がする。
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "I'll Pay You to Read My Book" の日本語訳である。
本を読んでくれたらお金を払います I'll Pay You to Read My Book
今では誰も、ノンフィクションの大きい本を読まなくなった。そんな時間のある人はいないのだ。大いに苦労して、みんなにノンフィクションの大冊を買ってもらったとしても、たいていの人はその本を読まない。家に持って帰ったとたんに、「あとで読む本」の棚に置かれるだけだ。あるいは、電子書籍リーダーの「受信箱」にたまっていく。私には、わかっている。購入された本がどれほど読まれていないか、著者である私はよく知っている。みんなが本を買ってくれるのはありがたいことだが、購入した(または、借りた)本が読まれていないとすれば、それは著者としては失敗だという気がする。
2013年01月11日
「グローバリズム以前の世界」
著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Pre-Globalism" の日本語訳である。
グローバリズム以前の世界 Pre-Globalism

観光には、少なくとも千年の歴史がある。古い中国の記録によれば、宋王朝の都、杭州の西湖を眺めるために、訪問客が列をなしたという(写真は現在の西湖)。宋の皇帝は、来訪者を引き寄せ、また、楽しませるために、この湖に土手道、あずまや、石橋などを作った。人々は景色を見るためだけに来訪している。これは、まさに観光の定義にあてはまる。
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Pre-Globalism" の日本語訳である。
グローバリズム以前の世界 Pre-Globalism

観光には、少なくとも千年の歴史がある。古い中国の記録によれば、宋王朝の都、杭州の西湖を眺めるために、訪問客が列をなしたという(写真は現在の西湖)。宋の皇帝は、来訪者を引き寄せ、また、楽しませるために、この湖に土手道、あずまや、石橋などを作った。人々は景色を見るためだけに来訪している。これは、まさに観光の定義にあてはまる。


