2014年10月30日

「ビットが欲するもの」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "What Bits Want" の日本語訳である。



ビットが欲するもの What Bits Want

デジタルのビットにも生涯がある。ビットは人間の役に立っているが、人間はビットのことを何も知らない。ビットが本当は何を欲しているのか? 四つの異なるビットの身の上話を紹介しよう。

(A)
最初に登場するビット(ここでは「ビットA」と呼ぶ)は、キヤノン5D Mark IIカメラのセンサーで生まれた。ニューヨークでベビーカーの黒いプラスチックの取っ手をかすめた光線が、カメラのレンズに入って、大きめの切手サイズの小さな板に焦点を結んだ。鈍く虹色に光るその表面には、2100万個の長方形のくぼみがある。ベビーカーのハンドルの白く輝く部分から飛んできた光子は、カメラの中で赤緑青がモザイク状に配置されたフィルターを通過し、赤の画素番号6,724,573の微小な穴に入る。カメラの外で写真家がシャッターボタンを押すと、赤の画素番号6,724,573は、そこに到来した光子の個数を数える。さらに、隣接する緑と青の画素と比較して、とらえた色を計算する。画素番号6,724,573は、15個の新しいビットを生成する。その一つが我らのビットAであり、この画素が純白であることを示すのに一役買っている。

ビットAは、直ちに電線を通じてカメラのコンピューターチップに送られて、同時に生まれた3億個の兄弟ビットと共に処理される。カメラは、画像と呼ばれるものを構成するために、兄弟ビットたちを回路内のある場所から別の場所へ移して再配置する。その間にビットAは何度かコピーされる。カメラは、その画像を画面に表示する。その後、数ミリ秒のうちに、ビットAの複製がメモリーカード上にできる。この時点で二つのビットAが存在するが、センサーが次の画像を記録するので、すぐに最初のビットAは消去される。1時間後にビットAは、メモリーカードから写真家のノートパソコンのCPUに複写される。その0.5秒後には、兄弟ビットの半数がjpegファイル保存時の圧縮により消去される。純白を示すビットAは、幸運にもjpegデータの中に残っている。その他にもパソコンのハードディスクにビットの複製ができるし、また、フォトショップというソフトウェアを起動したときにも、さらに別の複製が作られる。

写真家が画像のしみを修整すると、数百万画素のビットが再配置され、複写され、消去される。フォトショップが新しいビットを生成し、既存のビットを消去して、ビットを移動させているのだ。この再配置の間にも、ベビーカーの取っ手の白い輝きは修整されなかったので、ビットAは消えずに残った。ベテラン写真家は、慎重を期してバックアップを取ったので、ビットAはさらに別のCPUにコピーされ、別のハードディスクに保存された。今では、ビットAには寸分違わぬいとこがたくさんいる。

写真家は、数百万個の兄弟ビットとともにビットAをアップロードしてインターネットに送る。ビットAは、複写されたり消去されたりしながら、九つの中間サーバーを経由してウェブサイトに至る。そこでビットAは、ローカルにある複数のハードディスクにコピーされ、そのうちの一つはウェブ上でクリックするためのサムネイル画像として使われる。実際に誰かがそれをクリックすると、ビットAはその人のパソコンのCPUにコピーされて、画面上に白い点として表示される。人間がそのフルサイズ画像を見られるようになると、数百万人がその画像をディスクにコピーして、さらに多数の複製を友人に送る。数日のうちにビットAは数億回コピーされる。女優キム・カーダシアンが新生児をベビーカーに乗せて外出したところを撮影したパパラッチ写真の微小な一部として、ビットAの複製が約5億個存在している。ビットAは何十年もの間、流通し続けるだろう。古い記憶媒体が死滅すると新しい媒体にコピーされて、世界中で少なくとも1個のCPU上で生き残ってリンクできるようになっている。何世紀にもわたって生き延びるだろう。ビットにとって、これは成功例である。

(B)
ビットBの経歴は、また違っている。ビットBは、例の写真家のトヨタカムリのダッシュボードの下に取り付けられたEDR(イベントデータレコーダー)のCPUチップの中で生まれた。2012年以降に生産された自動車には、EDRすなわち自動車のブラックボックスが装備されており、車速、操舵角、ブレーキ、シートベルト使用状況、エンジン性能など15種類のデータを記録している。元々は、整備士の診断用装置に接続して、エアバッグが正常に作動するかどうかを調べるために設計されたものだが、走行中に記録されるデータが、事故時の証拠として保険会社や弁護士にも使われるようになった。この事例では、ビットBは、「2014年7月8日火曜日、時速57マイル」の「7」という数字の一部である。EDRは、直近5秒間の情報を保持している。その後、既存のビットを新しい情報で上書きする。

カムリは事故を起こさず修理の必要もなかったので、ビットBは一度だけコピーされて保存された。近頃では、消去するべきかどうかを考えるよりも、データをそのまま保存する方が安上がりになってきている。したがって、ほぼ全てのデータは、意図的には消去せずに残っている。しかし、その記憶媒体が劣化したり廃棄されたりするときに、多数のビットたちが消滅する。大部分のビットは、活動せずに死んでいく。ビットBは、永久に消滅するまでの数十年の間、手つかずのまま、光の当たらない時間を過ごすだろう。

(C)
三番目のビットは、異なる種類のものだ。ビットCは、機器の動作環境で生成されたものではない。カメラ、キーボード、電話、ウェアラブルセンサー、温度計、その他、何らかの入力機器で生まれたものではない。ビットCは、他のビットにより生み出された。ビットCは、ビットAやビットBに反応するソフトウェアプログラムで作られた種類のビットである。プログラムがすること全てを記録するためのパソコン内部の管理手段を考えてみよう。フォトショップを使っている写真家は、色の変更を「元に戻す」ことができる(あるいはワード文書で、削除した語句を元に戻すことができる)。それは、パソコンが操作記録を保持しているからであり、その記録自体は、ビットに関する新しいビットである。

ビットCは、写真家の画像ファイルを電話会社のサーバーにアップロードしたときに生成された。そのアップロードによるメモリ割当記録の3桁目である。ビットCは電話会社のハードディスクに複写される。このメタデータ(データに関するデータ、あるいはビットに関するビット)は、実際のコンテンツが消滅した後も、電話会社で長期にわたって保存される。メタデータの上位にはメタデータに関する情報、すなわちメタメタデータが存在する。メタの連鎖は無限に続き、世界中のメタデータの量は、一次データよりも大きい増加率を示している。ビットにとって、メタデータとして生まれることは、重要な意味を持つ。なぜならば、メタデータのほうが、利用、複製、共有、リンクされる可能性が高いからである。ビットCは、何度も何度もコピーされて、最終的には数百個のビットCが生存している。

(D)
しかし、ビットにとって、ソフトウェアプログラムの一部になることほど刺激的なものはない。プログラムにおいてビットは、静的な数字であることを卒業して、動的な主体になっている。ビットがプログラムの一部である場合には、そのビットが他のビットに対して働きかけている。本当に幸運であれば、非常に重要なプログラムの一部になって、中核的機能として維持されて、デジタルの世界で何世代にもわたって保持される。複雑なプログラムは、たいてい5年程度で死滅するが、一部の原始的なプログラム、たとえばインターネットプロトコルを制御するコード、あるいはパソコンのOS(オペレーティングシステム)でファイルをソートする基本的なアルゴリズムなどはその例外である。

四番目のビット、ビットDの物語は、ASCII(アスキー)すなわち画面上の文字や数字を生成する小さなコードを中心に展開する。プログラムのこの部分は、何十年も変化がない。ビットDは、英字の"e"を生成するコードの一部として生存している。私は、ほぼ1時間毎にそれを利用しているし、世界中では1秒間に何十億回も実行されている。デジタル世界で最も広く複製されているビットの代表例かもしれない。今日のデジタル世界には、たぶん数え切れないほどのビットDが存在する。今から百年後にも、おそらくASCIIや英字の"e"が存在していて、さらに無数のビットDができているだろう。ビットとしては、これは不死である。

ビットにとって最良の運命は、他のビットと深く関連すること、そしてコピーされ共有されることである。ビットにとって最悪の生涯は、裸で単独のままでいることだ。コピーや共有されず、他のビットとのリンクがないビットは、短命である。共有されないビットが長生きするとすれば、その未来は、暗くて永遠に閉ざされた保管室への収容である。ビットが本当に望むのは、他の関連するビットたちという衣服を身につけて、広く複製されて、おそらくはメタビットに昇格するか、あるいは長期的に使われるコードの一部である動作ビットになることだろう。


ビットは、動くことを欲する。

ビットは、他のビットとのリンクを欲する。ビットは、他のビットを必要とする。

ビットはリアルタイムを欲する。

ビットは、複写、複製されることを欲する。

ビットは、メタになることを欲する。

もちろん、これは単なる擬人化である。ビットに意志はない。しかし、たしかに何らかの傾向がある。他のビットと関連づけられたビットは、より多く複製される傾向がある。利己的な遺伝子が複製されやすいと言われるが、ビットも同様である。遺伝子が複製されやすい身体を作ることを「欲する」のと同じように、利己的なビットは、複製されて拡散しやすいシステムを欲する。全ての条件が同じであれば、ビットは複製、動作、共有を欲する。何かでビットを利用するならば、これを知っておくと良い。





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