2014年11月30日

「新しいアイデアに反対しない」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Least Resistance to New Ideas" の日本語訳である。



新しいアイデアに反対しない The Least Resistance to New Ideas

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(1850年頃、米国G.F. Nesbitt & Co., printerによる)

何年も前に、サンフランシスコ・クロニクル紙が次のような短いコラムを掲載した。記者がインドを旅行したとき、ニューデリーで滞在したホテルの従業員に、自分はサンフランシスコ・ベイエリアから来た、と言ったところ、従業員は「おお、世界の中心ですね」と答えた。どうしてそう思うのか、と尋ねると、「世界の中心とは、新しいアイデアに反対しない場所のことだから」と言った。

サンフランシスコと未来志向との特別な関係について、これ以上の表現はないだろう。私の経験によれば、次の言明は真実だと思われる。新しいアイデアが湧き出る一人当たりの件数は、現時点では、地球上のどこよりもサンフランシスコ・ベイエリアが多い。

しかし、それはなぜか? 私が聞いた中で最も良くできた説明は、カリフォルニアの歴史学者J.S.ホリデイによるものである。その説によれば、これはゴールドラッシュ時代に始まる。当時、何十万人もの若者が、財産を築こうとしてベイエリアに押し寄せた。ゴールド・ドットコムの時代だ。監視する大人はいなかった。ダメだという人は誰もいない。自分の才覚だけで山をめざして、帰ってくるときには金持ちまたは貧乏のどちらかである。貧乏になって帰った人は、次にやって来る夢見る人たちにシャベルやジーンズを売ることによって、別の新しい方法で金持ちになる。ベイエリアには、このような若くて自由な気分が集まって、それがずっと残っている。ホリデイが指摘するように、国家ではなく個人に委ねられた金鉱地帯は、世界中でここ以外にはない。一つの理由として、ワシントンから遠く離れた場所であって、管理が不可能であることも影響しているだろう。

スタンフォード大学の教授たちが事業を始めるとき、補助金や企業買収ではなく、起業家的投資を選ぶのも、そのワシントンからの距離、東海岸の支配者層からの距離のせいだという説がある。独立独歩の精神は、この地域に広がる新興企業文化にすごい勢いで流れ込んでいる。古い世界と違って、ここでは失敗が許されるというだけでなく、今日でも失敗は最良の教師として歓迎されている。ベイエリアのベンチャーキャピタルは、すでに失敗をいくつか経験した人に出資しようとする傾向が強い。

ニューヨーク・タイムズの優秀な技術担当記者ジョン・マーコフも、シリコンバレーで生まれ育った。その著書『What the Dormouse Said』(邦訳:『パソコン創世「第3の神話」』)は過小評価されているが、この本では、現在のデジタル産業がヒッピーに起源を持つことを明らかにした。スティーブ・ジョブズだけでなく、初期のパソコン先駆者たちの多くは、LSDをやっている夢想家であって、新しい産業を創造することよりも人間の可能性を拡大することに興味があった。彼らは、次々と姿を変える無神論者の直近の化身であり、最初はフォーティナイナーズ、次にビートニク、その後がヒッピー、そして今ではヒップスターである。自由恋愛やコミューンと、オープンソースソフトウェアやウィキペディアとの間に関連性を見つけるのは容易だ。だからこそ私は、都市社会学者リチャード・フロリダの「ボヘミアン = イノベーション = 富」という主張に賛成する。革新的な富の創出を奨励しようとする都市や地域は、ボヘミアンを奨励するべきである。実は、サンフランシスコでは、気づかないうちにそれを実施してきたのだ。

この緩やかさが「新しいアイデアに反対しない」ことに、さらには、世界の中心という役割につながる。私は、それを直接に経験している。雑誌「ワイアード」が、ベイエリア以外の場所で創刊することはありえなかった。コンデナスト社がワイアードを買収したとき、同社がニューヨーク以外で発行する唯一の雑誌として、ワイアードをサンフランシスコに残したのは賢明な判断だった。

現時点ではベイエリアが未来社会の中心であるが、この中心は、徐々に中国の上海かどこかに移動していくように感じることがある。いろいろな意味で、もはや米国では未来は流行らない。ハリウッド経由で見える未来、あるいはビジネスのシナリオとしての未来、誰もがそこで暮らしたいと思うような未来を想像することは、ますます困難になっている。あらゆる未来は崩壊した。技術が進歩したユートピア的な未来でさえも、疑わしくて信じる人はいない。今まで何度もやけどしてきたので、あらゆる技術は、人間にかみつき返すものだと思っている。中国ではそのような問題はなく、未来に対する熱望が加速していることは明らかである。

もちろん中国は、内なるボヘミアンをどのように受け入れるかを学んでいる段階である。したがって、ベイエリアは、あと数十年は世界の中心であり続けるだろうと思う。それは、自分自身を燃料とする自己触媒的なしくみである。成功すればするほど、才能と野心を持った新参者が集まってくる。すなわち、成功はネットワーク効果を生じるので、他の場所で「シリコンバレー」を再現することが困難になる。ある時点での「世界の中心」は世界に一つだけしか存在しないのだろう。(しかし、世界が複数ということはありうる!)

しかし、この自己触媒的な作用には、調整が必要である。成功はその効果を損なう。これがボヘミアン方式の呪いである。30歳未満の百万長者を毎年千人ずつ生み出しながら、緩やかな統制、安価な家賃、規則に縛られない機会をどのようにして維持していくのか? 世界で最もアイデアに反対しない場所の成功を妨げるものは、その成功であることは確かだ。最終的に誰も失敗を許されない状態になると、そのとき世界の中心が移動する。将来にわたって中心であり続けるためには、緩やかさを保ち、若者の行動を認め、ハングリーであり愚かであり、成功に気を取られず、新たな失敗を受け入れ、新しいアイデアに反対しないことが必要である。





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posted by 七左衛門 at 18:06 | 翻訳