2008年05月18日

「まだ動いていないもの」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Everything That Doesn’t Work Yet" の日本語訳である。



まだ動いていないもの  Everything That Doesn't Work Yet

アラン・ケイは優秀で博識な人で、アタリ、ゼロックス、アップル、ディズニーなどで働いていたが、私が今まで聞いた中でも優れた「テクノロジー(技術)」の定義を述べている。ケイが言うところでは、「テクノロジーとは、あなたが生まれた以降に発明されたものである。」この気の利いた評価方法によれば、自動車、冷蔵庫、トランジスタ、ナイロンは私たちから見ればテクノロジーではない。ただの古いものである。しかし私の祖父にとってはテクノロジーであった。同じ論理で、CD、ウェブ、マイラー樹脂、携帯電話、GPSは私にとっては正真正銘のテクノロジーだ。でも私の子どもたちにはそうではない。子どもたちには、試合終了前の残り5分で発明された自分たちのテクノロジーがあるだろう。

もう一人の博識者ダニー・ヒリスは、アラン・ケイと一緒に仕事をした人であるが、1990年代に、アラン・ケイの定義をもう少し実用的に改良した。ヒリスによれば「テクノロジーとは、まだ動いてないものである。」このお茶目な定義の裏には、成功した発明は私たちの意識から消失するという洞察が隠れている。その昔、電動モーターはテクノロジーであった。つまり、それは新しくて、うまく動かなかった。モーターが進歩するにつれて、それはしだいに姿をかくす。数が増えて、私たちの家庭や職場で何十個も使われるようになるにもかかわらずである。故障なく静かに気づかれずに動くようになれば、もはや「テクノロジー」として認められなくなるということだ。

風刺作家で小説家のダグラス・アダムズ(Douglas Adams)は、ヒリスとケイによる定義をさらに発展させ、テクノロジーについて自然なライフサイクルを提案した。1999年の短いエッセイで、世界は次のように機能していると述べている。

1) 自分が生まれる前からすでに世の中にあるものは、すべてごく普通のものである。
2) 生まれてから30歳になるまでの間に発明されたものは、すべて途方もなく刺激的で創造的であり、運が良ければそれが一生の仕事になる。
3) 30歳以降に発明されたものは、すべて物事の道理に反していて文明の終末の予兆である。ただしその後、それが身の回りにあって10年ほど経つうちに、徐々に問題ないものであるとわかるのだが。


さらに、いかにもダグラス・アダムズらしく、次のように付け加えている。

このリストを、映画、ロックミュージック、ワードプロセッサ、携帯電話に適用してみると良い。それであなたの年齢がわかる。

私たちは今では椅子がテクノロジーであるとは思わない。ただ椅子であると思うだけだ。しかし、椅子に何本の脚が必要なのか、どれくらいの高さであるべきか、まだわかっていない時代があった。使おうとすると、たびたび「クラッシュ(崩壊)」する時代があった。やがて計算機も椅子と同じように、平凡でありふれたものになり(さらにその何十年か後には紙や砂粒みたいに)、それが物であるとは気づかなくなるだろう。


アダムズはわざとふざけているのだが、ドイツの哲学者ハイデガーは大真面目に述べている。「テクノロジーは技術的でなく、機械みたいなものでもない。」ハイデガーにとって、テクノロジーは暴露あるいは出現である。内的実在が物理的な実体として現れることである。フランスの哲学者で詩人のベルナール・スティグレールの著作には、さらなる困惑が見られる。そのベルナールが言うところによると、テクノロジーは「組織的な無機物」である。だが、これは遺伝子工学や遺伝子組み換え作物という素晴しい新世界をうまく包含していないので、やはりテクノロジーという言葉の実用的な定義はまだ存在しない。

古代ギリシャ人がテクネー(techne)という語を使うとき、それは芸術、技能、工芸のようなものを意味し、あるいは巧妙という意味でもあった。つまり創意工夫という言葉に近かった。しかし古代には、テクネーに関心を持つことはあまりなかった。ギリシャの資料にはテクネーに関する論文はない、ただ一つの例外を除いて。私たちが知る限りでは、アリストテレスの『弁論術』に関する文献で、テクネーという言葉を初めてロゴス(logos)と結びつけて、テクノロゴス(technologos)という一つの語を生み出した。アリストテレスはこの論文でテクノロゴスについて4回言及しているが、4回ともその意味は明確でない。「言葉の技能」について述べているのか、それとも「芸術についての演説」なのか?その後、この言葉は姿を消す。

1829年に、ボストンのケンブリッジ大学で工学の教授だったジェイコブ・ビゲローは、この大学で行われている「応用芸術」に関する講義を全部まとめて統一した科目にすると良いと考えた。建築、化学、金属加工、石組術、手工業、その他の科学やテクネーに関する研究を一冊の教科書にまとめた。この講義録の題名は次の通り。『テクノロジーの基礎。実用芸術のための科学応用に関するケンブリッジ大学での講義を中心にしてまとめたもの。学校および学生が使用するために出版する。』(Elements of Technology; taken chiefly from a course of lectures delivered at Cambridge of the Application of the Sciences to the Useful Arts. Now published for the use of seminaries and students)

ElementsTechbook-1.jpg

ジェイコブ・ビゲローは、現代の意味で使われるテクノロジーという言葉を作った。(その言葉をアリストテレスの『弁論術』からとったのか、それとも単にギリシャ語を組み合わせて作っただけなのか、わからない。)ともかく、その1829年には、彼が生まれた後に発明されて、まだうまく動かないものが世の中に満ちあふれていた。テクノロジーは存在したが、誰もそれを知らなかった。実際のところ、何世紀ものあいだ欧州や中国では発明家や技術者が、テクノロジーとして分類されるべきものを創造していたが、彼らの世界においてその発明の立場を表現する言葉を持たなかった。

今日でも、私たちはそれが何かよくわかっていない。これからまだ多くのものが出てくるということだけはわかっている。





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posted by 七左衛門 at 00:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳    
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