訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Bootstrapping the Industrial Age" の日本語訳である。
産業の時代を自分で興す Bootstrapping the Industrial Age
技術者が好きなファンタジーゲームの一つは、世の中に不可欠な技術を自分で何もないところから発明するとしたらどうなるか、想像してみることだろう。どこかの孤島で立ち往生するか、あるいはハルマゲドンの後に取り残されるかして、自分でナイフを作る必要があるとしたら、そのほかに本も、ひょっとして無線機も作るとしたら、鉄を鍛造し、紙を作り、または電気を起こすのに何を用意すれば良いだろうか?
たまには、そんな夢を本当に実行した機械いじりマニアがいる。1942年2月に、第二次大戦の英軍砲兵士官R.ブラッドリーは、シンガポールで日本軍の捕虜となった。収容所は遠隔地にあって補給がほとんどなく、彼らは戦争捕虜として荒っぽい扱いを受けた。反抗すると食事抜きで監禁小屋に閉じこめられた。しかし彼らは機械マニアでもあった。同じ収容所の他の捕虜数名と一緒に、ブラッドリーは日本兵から手工具を盗み、がらくたの中から金属スクラップを使ってミニチュア旋盤を作り出した。小さな旋盤は巧妙にできている。隠しておけるくらいに小さく、実用には十分な大きさだった。小さな部品に分解してリュックサックに押し込んで、収容所のあちこちに持って行くことができた。大きな金属のかたまりを気づかれずに入手するのは困難なので、旋盤の心押台は二つの鋼片を蟻継ぎで組み合わせ物だった。旋盤のベッドは最初はタガネで削った。
旋盤は道具を生むタマゴであり、それを使ってもっと複雑な物を製作した。捕虜たちは監禁独房の合鍵(!)を加工し、また秘密の無線機のために電池を作った。2年にわたる捕虜生活の間には、タップとダイスなど、最初にこの旋盤を作るのに使った工具類を作り直している。旋盤はこのように自己再生産の性質を持っているというわけだ。
最近では、自分のガレージで産業社会の構造を再発明した男がいる。ミズーリ州スプリングフィールドの故デーブ・ジンジャリー氏は夜中の機械工だった。何もないところから何かを作るという挑戦を楽しんでいた。あるいはもっと正確に言えば、ごくわずかな物の能力を利用して非常に多くの物を作ったのである。何年もの機械いじりを通じて、ジンジャリーは路地裏のスクラップから完全な機械工場を自分で作り上げてしまった。まず粗い工具を作り、次にそれでより良い工具を作り、さらにそれを使って本物の機械を作るのに十分な工具を作った。

ジンジャリーは最初に簡単な鋳物工場を自宅の庭に作った。これは小さな5ガロン(約19リットル)のバケツに砂を詰めたものである。その中心には火の付いたバーベキュー用木炭をコーヒー豆の缶に入れて置いてある。缶の中には小さな陶器のるつぼがあり、そこに空き缶などアルミのスクラップを入れる。この粗末な溶解炉にファンで空気を送り込み、炭をよく燃やして高温にして、アルミを溶かす。湿った砂を彫り込んで所望の品物の型を作り、そこに溶けたアルミを流し込む。その鋳物が冷えれば金属プレートができていて、それが自家製旋盤の重要部品になる。この粗い部品を手工具で仕上げ加工する。一つだけ「ごまかし」があって、中古の電動モーターを使っている。ただし、風力や水力を使う方法もありうることは容易に想像できる。
粗い旋盤ができて動くようになると、それを使ってボール盤の部品を作った。さらにボール盤と旋盤を使って旋盤自体の部品を次々に作り直して、改良版の部品と入れ替えた。このようにして小さな作業場は、元の機械の精度以上の機械を生み出す能力を持つようになる。この装置を使って必要な部品を加工して、完全な機能を持つフライス盤を製作した。フライス盤が完成すると、たいていの物は何でも作れるようになった。

ジンジャリーは技術の進化の過程をもう一度自分で再現した。単純な道具を使ってより複雑な道具を作り、それを使って……と無限に続くパターンである。自分で自分の靴を持って、泥沼の中から自分自身を引き上げるという「ブートストラップ」の話と同様に、このような生産能力の拡張は、文化全体がさらに発展するための手段である。ただし、ここに示した小さな例が純粋でないことは明らかだ。でも自分で機械工具を作る方法としては、ジンジャリーの考え方は素晴らしくて洒落ている。捨てられた洗濯機のモーターなど廃品置場のスクラップを使って、かなりしっかりした機械工場を作り出した。しかし、ロビンソン・クルーソーみたいにどこかの島に流れ着いて一から文明を興すというような、技術社会の再発明の見本としては、ごまかしを含んでいる。後者の例では、使用済みのアルミ缶、拾ってきたボルトやナット、古い電動モーター、スクラップの金属などからスタートすることはない。産業社会が発展してきた経過を本当に自分でたどり直すためには、鉱石をさがしたり、金属板を圧延したり、自分の手でねじやボルトを作ったりするところから始めなければならない。まずそれで、単純な5ガロンバケツの炉を作るための道具と材料を得て、デーブ・ジンジャリーのスタート地点と同じになるのだ。
米国では20校程度のサバイバル学校で、獣皮で衣服を作る、石や骨を削ってナイフを作る、木を切って小屋を組み立てる、その他自分で作った道具で自給自足生活をする方法について、週末の授業を実施している。そこでは、ジンジャリーのスタート地点ではないところ、すなわち自然の中から物を見つけ出すところから始める。それは大変な仕事だ。マッチを使わずに火を起こすのは可能ではあるが、そのためにはテレビゲームの名人になるのと同じくらい練習が必要である。世界的な専門家がこの方法で一から作る道具(合計100種類くらい)を使ったとしても、それはつらい生活であり、あまり興味をそそられるものではない。

このような原始的な道具は別として、人間が作った物は驚くほど相互に依存している。あなたが今座っているところから手の届く範囲にある何千個のものの中から任意に1個を選んでみても、まわりの他の物と無関係に存在する物は一つもない。いかなる技術も孤立しているものはない。
非常に高度な技術を考えよう。たとえばウェブページだ。ウェブページは、おそらく他の何万件もの発明のおかげで、新しく生まれて存続することができる。次のような発明がなければ、ウェブページはありえない。HTML、計算機プログラミング、LED、CRT、半導体チップ、電話線、長距離信号中継器、発電機、高速タービン、ステンレス、溶鉱炉、火を使うことなど。これらの具体的な発明には、さらに基本的な発明が不可欠である。たとえば、筆記、アルファベット、ハイパーテキストのリンク、索引、カタログ、アーカイブ、図書館、そして科学的方法それ自体。ウェブページを再発明するためには、その前にこれらすべてのものを作らなければならない。現代社会を作り直すのと同じようなものだ。
この相互依存のもつれを解こうとしたり、関連して依存している発明の中から一つだけを取り出したりしようとすればするほど、それは無意味なことになってしまう。現代のいかなる物質や装置にも、すべて同様な依存の連鎖がある。たとえば抗生物質は?消毒法に始まって化学に至るまで、その他、ポンプ技術、包装の革新、動物実験、試験方法、統計分析など、いくつも必要なものがある。
壊滅的な破壊の後で高度な社会を再始動することが非常に難しいのは、このような理由による。特定の生態的まとまりの中で、関連するものをすべて取り除いて、一つの技術が単独で存在しても何も効果はない。一つを働かせようとすると、すべてが働いている必要がある。それらをすべて同時に修復しなければならない。戦争、地震、津波、洪水、火災などで社会のインフラストラクチャーが無差別に破壊されたとき、すべてを同時に復元することは不可能である。災害救援が困難であることは、このような深い相互依存の証拠である。ガソリンを運ぶのに道路が必要だが、道路を修理するためにはガソリンが必要である。人を治療するのに薬が必要だが、薬を投与するためには健康な人が必要である。組織を機能させるのに通信が必要であるが、通信を回復するためには組織が必要である。技術が破壊されたとき、まず私たちは相互に依存している技術基盤に気づく。

これは、未来に対する予測がはっきりと明らかである場合に、それがすぐ近い将来に発生すると誤認してはならないということの説明にもなっている。技術がどのような方向へ進むかについてはっきりとわかっているとして、それがどの程度近い時期に実現するかについては、過大評価しがちである。通常、その遅れ(私たちの熱心な目で見れば)の原因は、生態系の中で見えないけれども他に必要な技術があって、それがまだ用意できないからである。そのような発明は、何年も保留されて近づいてこない。やがて見えなかった関連技術が完成したとき、その発明は突然世の中に現れて、予期しない出現に対する驚きと称賛をもって迎えられる。
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