2008年07月02日

「マース=ガロー・ポイント」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Maes-Garreau Point" の日本語訳である。



マース=ガロー・ポイント  The Maes-Garreau Point

未来の出来事の予測は、現在の状況に大きく影響される。予測がたいてい間違っているのはそのせいである。現在の仮定を乗り越えるのは難しい。時間の経過とともにこの仮定は徐々に崩れて、ついには私たちを驚かせるようになる。みんなが「知って」いたように、人は無料で働いたりしないし、もし働いたとしても質の高い仕事をすることはない。だから、ボランティアの仕事によって信頼できる百科事典を作れるはずがないと一般に考えられていたが、私たちはウィキペディアを見てすっかり驚くことになってしまった。

予測が現在に束縛されるという性質は、目新しいものではない。しかし、予測は見かけ以上に、その予測をする人の個人的生活に依存しているらしい。こんな話がある。MIT(マサチューセッツ工科大学)メディア研究所のパティー・マースは、同僚を見てある奇妙なことに気がついた。彼らの一部はシリコンでできた計算機に自分の脳をダウンロードすることに強い興味を持っているのだ。彼らの信念によると、それを実現することができれば、一種の実存的不滅が得られる。推測するに、自分の魂をダウンロードした後は、あるハードウエアから次のハードウエアへアップグレードして移植する、そしてまたその次へ、と無限に続くのだ。

この奇跡を実現させる技術は、はるか遠い存在のように思われるが、しかし、いつか誰かが世界初の超人的な人工知能を作ったとしたら、この人工知能を使って人間の精神をダウンロードする技術をすぐに開発可能であるのはみんなが認めるところだ。この瞬間は「特異点」と名づけられている。この後に何が起こるのか、想像すらできないからである。しかし、ある人がその「特異点」に到達したとすれば、すなわち、超人的な精神が動作するようになるまで生きていたとすれば、人はダウンロードされて不滅になる。永遠に家が不要になる。そうなるための秘訣は、技術水準が橋の向こうに達するまで生きていることだ。

これに期待を寄せるのは男、そう……男たちである。パティーは、これはいかにも男の願望だと見ている。パティーの仮説によると「女はシリコンの形で生きて不滅を得たいという願望をあまり持たない。なぜならば、女は妊娠と出産を経験することにより、もっと生物学的な方法で『自分の複製をダウンロード、更新、作成』するからである。もちろん子どもの誕生には男も関与するが、女にとって、それは具体的で物理的な経験であり、そのため、より現実的に感じられるのだ。」

それにもかかわらず彼女の同僚たちは、真剣にこの不死へのかけ橋がもうすぐ現れると期待している。それはいつか?不思議なことに「特異点」がいつなのかという彼らの予測は、彼らが死ぬであろう直前の時期に集中しているようだ。これは偶然の一致なのか?

1993年にオーストリアのリンツで開催されたアルス・エレクトロニカで、パティー・マースは「不死はなぜ死んだアイデアなのか」と題する講演をした。彼女の同僚男性であるロドニー・ブルックス(Rodney Brooks)は、著書 "Flesh and Machines" (肉体と機械)の中でその講演の概要について次のように述べている。

(マースは)人間の意識をシリコンにダウンロードする時期について、公表された予測を見つけられる限り集めて、その予測時期およびその予測者がいつ70歳になるかをグラフに書いた。大して驚くことではないが、その時期はそれぞれで一致した。各人の誕生から70年で、意識を計算機にダウンロードする技術が成熟するというのだ。ぎりぎりで間に合う!彼らはみんな心の中では、自分は驚異的に幸運で、正しいときに正しい場所にいると思っている。


マースはその講演について書いたり記録を保存したりはしていない。それから14年経つうちに、もっと多くの男たちが、いつ「特異点」に到達すると思うかという予測を公表している。そこで調査員の手を借りて私が見つけた「特異点」到来予測と予測者の生まれた年を集めてその関係を表にしてみた。

SingularityPrediction.jpg

今更驚くほどでもないだろうが、事例の半分、とくに最近50年以内のものについてはほとんどが、予測者が100歳まで生きると仮定すれば、自分が死ぬ前に「特異点」が起こると予測していることがわかる。ジャーナリストのジョエル・ガローはその著書 "Radical Evolution" (過激な進化)で「特異点」に関する文化的な、そしてほとんど宗教的とも言える信念について報告している。彼はマースが見つけたのと同じ願望に気づいたが、ガローはその願望の対象を他の技術にも広げた。いかにも達成できそうな技術について考えようとするとき、人はそれが近い将来 --- つまり自分の寿命があるうちにできると思う傾向があると言うのである。

なかなかいいところに気づいていると思う。その直感を一般的な仮説として定式化し、彼らに敬意を表して命名してみた。

ある予測が実現し、かつ、その人の寿命がまだ残っていてそれを実行することができる最終時点を「マース=ガロー・ポイント」と定義する。その時期はその人の余命マイナス1に等しい。

このことから法則が得られる。

マース=ガローの法則:未来の技術に関する最も好ましい予測は、マース=ガロー・ポイントの範囲内にある。

この一般的な法則を検証できるほど他の多くの予測を調べたわけではないが、その妥当性に関しては一つだけ不利な事実がある。特異点でもそうでなくても、私たちが死んだ後の世の中がどうなるか想像するのが非常に困難になってきた、ということである。変化の度合いは加速していて、次の世の中は私たちの時代と同じでないのは確かだ。たぶん想像することすらできない。そうすると、当然、未来を予測するときには、自分自身で想像できるものを考えることになり、その結果として私たちの寿命の範囲内にはめ込む傾向があるだろう。

言い換えれば、みんな自分自身の個人的なミニ特異点を持っている。それは自分が死ぬときである。以前は自分が死んだ後の自分の存在を想像できなかった。今では、自分が死んだ後の誰か他人の存在も詳細には想像することができない。この個人的な特異点以後の世の中は知ることができない。したがって私たちの想像や予測は自分のマース=ガロー・ポイント以前に向けられる傾向がある。

公式な「未来」---はるか彼方のユートピア--- というものは想像できない領域に存在するに違いない。ある社会にとっての公式な「未来」は少なくともマース=ガロー・ポイントの先にあるはずだ。すなわち、公式な未来は、その社会を構成する個人の寿命が尽きた後に始まる。

ベビーブーム世代(世界的な現象である)の平均寿命はおよそ80歳である。1950年頃に生まれると、ベビーブーム世代の多くの人は2040年までには死んでいる。しかし、あらゆる強力な出来事は2040年までに起こると予想されている。2040年には中国経済が米国を追い越すはずである。2040年は、「特異点」の予測時期の平均値である。ムーアの法則によればデスクトップ計算機の能力が人間の計算能力に達するのが2040年と予想されている。また2040年には世界の人口がいったん最大となり、その後、環境圧力は減少する。この世界的規模の攪乱要因が収束するのは---驚くことではない---まさにこの世代のマース=ガロー・ポイントの時期、2040年に起こる予定なのだ。

多くの人が望むように、年ごとに私たちの寿命が延びていけば、おそらく80歳を過ぎても生きていられるだろう。そうすれば、私たちのマース=ガロー・ポイントは未来へ向かって移動する。上の表に示した男性の願望---私の願望でもある---は、私たちの個人的なミニ特異点を全体の「特異点」よりも後へ延ばして、永遠に生きることである。





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posted by 七左衛門 at 21:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳    
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