2008年09月08日

「文明は生物である」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Civilizations Are Creatures" の日本語訳である。



文明は生物である  Civilizations Are Creatures

文明は生物である。それはとても長寿であり、地球上に非常に広く分布している生命体である。文明はエネルギーを消費し、アイデアを生産する存在である。このアイデアは都市、制度、法律、芸術、書籍、および記憶として実現される。文明は持続的に発展しながら何千年も生き残るかもしれない。肉体を持った動物と比べても、さらには人間の精神という湿組織と比べても、文明は地球上で最も変化の速い生物である。


images-4.jpg今日の文明は、その複雑度や変化する速度において、過去の文明とは異なっている。文明は時間を経て、わずかの知性しかないアメーバのような小さなかたまりから、広範囲の適応学習ができる複雑な多細胞の生物へと進歩した。現在の西洋文明は、発達の初期段階にある記憶を持っている。それは図書館と呼ばれる。

文明が1万年にわたって生き延びるためには、1万年の記憶機能、すなわち1万年の図書館が必要である。これは1万年の文明にとって必要であるだけでなく、どんな場合でも絶対に不可欠なものである。非常に長期にわたって社会の進路を定め、維持するためには、記憶が必要である。1万年の図書館は、その記憶のためのES細胞(胚性幹細胞)である。

つい最近まで図書館は死んだも同然だったように思われる。岩のように固い壁の間に、ほとんど読む人のない、そしてずっと前に死んだ人が書いた古い本を収容していた。いったいどうすれば、図書館は生物の器官になれるのだろうか?

生物は大きくても小さくても、過去を前へ進めていく能力が優れているものである。以前に起こったことを現時点で表現して、この次に何が起こるかについて有利な反応をできるようにするための能力である。その反応の方向性を決めるものがなければ、刺激に対する生物の反応にはあまり効果がない。生物学的な生物は、遺伝子という記憶と、過去の刺激という記憶を持っている。そして文明は図書館を持っている。過去からのアイデアや表現を記載した冊子や巻物がいっぱい詰まった図書館は、単純で基本的な記憶である。しかし、それは口伝えの物語や説話やことわざなど初期の方法と比べれば、驚くべき進歩である。

1万年の生物に必要な記憶とはどのようなものか?

第一に、文明の記憶には、無数のセンサーからの入力がなければならない。運動センサー、カメラ、温度計、マイクロホン、キーボード、コンピューター・チップなどのすべてが記憶に対して情報を提供しなければならない。身体を持った図書館を想像してみよう。そしてこの身体にはいろいろな機器や装置が結合していて、今何が起こっているかの認識を含めて、時々刻々の情報が流れているところを想像して欲しい。

第二に、その生物の記憶は、それが知っていることすべてを網羅していなければならない。すべての文明化した知識が物理的に近い場所に存在する必要はないが、その知識はすべてつながっていなければならない。すなわち、人類のすべての業績は、参照と索引によって相互に関連づけられていなければならない。この全世界の情報の集合体(世界図書館)は一個の分散型記憶として動作しなければならない。理想的には、その情報は単なる文書や「ファイル」としてではなく、アイデアというレベルで結合していなければならない。それぞれのアイデアの力は、他のアイデア、他の事実、他の空想への参照によって裏付けられなければならない。

第三に、この記憶はその生物の各部分から利用できなければならない。文明の中に存在する人や機械は、みんなそれぞれがこの共通の図書館に連結して、この図書館の記憶が各自の記憶であるように見えていなければならない。

この記憶は静止しているものではない。アイデアまたはファイル相互の結合や関連は、常に流動的である。書物は改版され、文書は改訂され、アイデアは改善されたり信用を失ったりする。図書館全体は、一つの非常に大きなウィキペディアの記事のようなものである。

最後に、この「文明と呼ばれる生命体の記憶」としての図書館が成功したかどうかの目安は、新しいアイデアの生成と、知識獲得の新しい方法である。すなわち、新しいレベルの記憶が発生するということである。この生命体が何かを知ったり思い出したりする方法は、「その生命組織の部分にすぎない」私たち人間が当惑するようなものかもしれない。





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posted by 七左衛門 at 21:59 | 翻訳