2008年10月10日

「増大する無知」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Expansion of Ignorance" の日本語訳である。



増大する無知  The Expansion of Ignorance

今日の世界で、最も速く増加しているものは情報である。情報は地球上の他の工業製品や天然の産物と比べて、十倍の速さで増加している。グーグルの経済学者ハル・ヴァリアンと私が共同で計算したところ、世界中の情報はここ数十年の間、毎年66%の割合で増加してきた。生産量の多い工業製品 ---たとえばコンクリートや紙など--- でもその増加はここ数十年で年平均7%にすぎないのと比べると、その爆発的増加がわかる。


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情報の増大はどこにでも見られる。もう少し見えにくくて追跡しにくいけれども、同様に爆発的に増加しているものは、知識の増大である。1年間に出版される科学記事の数は、50年にわたって着実に増え続けている。また、過去150年間、特許出願の数は増え続けている。この大ざっぱな測定基準によれば、知識は指数関数的に増加している。

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知識が指数関数的に増加しているならば、難問はすぐに尽きてしまうはずだ。学習する速度が加速しているので、私たちは「科学の終焉」の時代にいると断言している著者も何人かいる。しかし、物理学の現状を知れば、このような立場はナノ秒の間も持ちこたえられないだろう。 宇宙にあるすべての物質とエネルギーの96%は、暗黒と呼ばれる未知の種類のものだという。「暗黒」とは、無知の婉曲表現であることは明らかである。宇宙の大部分が何でできているのか、本当にまったくわからない。細胞や脳を、あるいは地球も詳しく調べてみれば、同様にわからないという状況がある。なんにもわかっちゃいない。

それでも、1世紀前と比べると、宇宙について非常に多くのことがわかるようになったのは確かである。このような新しい知識は、GPSやiPod(アイポッド)のような消費材で実用に供されているし、また、私たちの寿命を着実に延ばすことにも寄与している。知識が有益な進歩を遂げるのは、道具や技術によるところが大きい。たとえば、望遠鏡、顕微鏡、X線透視装置、オシロスコープなどは、ものを見る新しい方法を提供している。新しい道具を使ってものを見ると、多くの新しい答えが突然得られる。

しかし、科学のパラドックスは、答えの一つ一つがそれぞれ二つ以上の新しい疑問を生み出すということだ。望遠鏡や顕微鏡のおかげで、私たちが知っていることが増えたが、同時に知らないことも増えた。私たちの無知を見通せるようになった。新しくて良い道具は、新しくて良い疑問をもたらす。素粒子に関する知識は、すべて、加速器を発明した後に生じた新しい疑問から得られたものである。

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私たちの知識が指数関数的に増加しても、私たちの疑問は指数関数的にそれよりも速く増加する。数学者が教えてくれるとおり、二つの指数関数曲線の差が広がる様子は、それ自身がまた指数関数である。疑問と答えの差は私たちの無知であり、それが指数関数的に増加する。すなわち、科学という方法は、人間の知識を増やすのではなく、無知を拡大するものなのだ。

将来これが逆転するという理由はない。技術や道具が強力になればなるほど、そこから得られる疑問も強力になる。将来の技術、たとえば人工知能、核融合、量子計算機(実現の近そうな例をいくつか挙げてみた)などは、矢継ぎ早に無数の新しい疑問を --- 今まで全く想像したこともないような疑問を生み出すだろう。実際のところ人間は、人間にとって最大の疑問にまだ直面していないと考えるのが賢明だろう。

すなわち、別の言い方をすれば、私たちはまだ最大限の無知に到達していないということだ。





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posted by 七左衛門 at 22:09 | 翻訳