2009年01月17日

「ジリオニクス ―超大量の世界―」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Zillionics" の日本語訳である。



ジリオニクス ―超大量の世界―  Zillionics

数の多さが違いを生む。

ある物が大量に存在すると、そのある物の性質を変えることができる。すなわち、スターリンが言ったように、「量も質のうち」なのだ。計算機科学者J.ストーズ・ホール(J. Storrs Hall)は"Beyond AI"(「人工知能の向こうに」)で次のように書いている。

もし何かが十分に存在するならば、それが少量で孤立した存在である場合に全く見られなかった性質を持つようになることがある。それは実際には珍しくない。その個数の差は少なくとも1兆(10の12乗)程度だろう。私たちの経験によれば、1兆個という数によって、量的なものだけに限らず、質的な相違が現れなかったことはない。1兆といえば、小さすぎて見えず軽すぎて感じられないイエダニと、象とを比べたほどの本質的な違いである。50ドルと、全人類の1年間の経済的生産高との違いである。名刺の厚さと、地球から月までの距離との違いである。


この違いを私はジリオニクスと呼ぶ。
(訳注:ジリオンzillionは架空の大きな数の単位)
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複製を作る機械があれば、とくにデジタルの複製なら、普通の量のありふれた物を、今まで知らなかったほどの規模の量に拡大することができる。個数は10から億や兆へ、さらにもっと多くにまで増加する。

個人の蔵書は10冊だったものが、グーグル図書館では3千万冊分のデジタルデータに増大する。音楽のコレクションはアルバム100枚だったものが、世界中の音楽全体に拡大する。個人が保管する文書は古い手紙が一箱だったのが、生涯にわたって蓄積されるペタバイトの情報になる。企業は1年につき何百ペタバイトの情報を扱う必要が生じる。科学者は1秒ごとに何ギガバイトものデータを生成する。政府が記録し、保管し、分析すべきファイルは、何百京もの数になるだろう。

ジリオニクスは新しい世界であり、私たちの新しい基準である。そんなに多くの物が動くような規模になると、新しい道具、新しい数学、新しい考え方の変化が必要である。

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「フットボール・フィールドと比べた1セント硬貨1兆個の大きさ」
(メガペニー(Megapenny)プロジェクトによる)

ギガ、ペタ、エクサというくらいの量になると、不思議な新しい力が出現する。このような規模では、今まで不可能であったはずのことが可能になる。超大量のハイパーリンクがあれば、百個や千個のリンクでは考えられなかったような情報や挙動を得ることができるだろう。1兆個の神経細胞があれば、百万個ではありえないような賢さが得られる。超大量のデータがあれば、たったの百や千では決して得られない洞察を生む。

それと同時に、ジリオニクスを扱うためのスキルはなかなか手ごわい。この世界では、確率と統計がすべてを支配する。人間の直感は頼りにならない。

以前、私は次のようなことを書いた。

数学的には、システム内の部分の数が極端に大きくなると、100万以下の時とはまったく違う性質を帯びることがわかっている。何兆億という数はあまりにも大量で、部分部分がすでに数百万規模になっている。ネット・エコノミーは何兆もの部分、文書、ボット(自走式ソフトウェア)、ノードによってできる。何兆億というのは、近年の人工世界の産物よりも、生物界――そこではずっと昔から何兆億もの遺伝子や有機体が存在した――の概念に近い。生命系は、何兆億という数の扱い方を知っている。何兆億という数の扱い方は、生物界に学ぶことになるだろう。
(ケビン・ケリー著、酒井泰介訳「ニューエコノミー勝者の条件」より)
(原書:New Rules for the New Economy, 1998)


ソーシャル・ウェブは、ジリオニクスの国土を駆けめぐる。人工知能、データ・マイニング、仮想現実などを扱うには、ジリオニクスに精通していることが必要になる。人間が作る物、とくに人間の集団が作る物の数が増えるにつれて、人間はそれと同時にメディアと文化をジリオニクスの世界へ引き上げている。音楽、芸術、映像、言葉など ―あらゆるもの!― の選択範囲はジリオニクスのレベルに達しつつある。

ジリオニクス的な選択で麻痺状態になったり("The Paradox of Choice"(選択肢の矛盾)を参照されたい)、あるいは、それに脅かされたりすることをどのようにして防ぐか?ジリオニクスに限界はないのか?このロングテールは、とても長くて広くて深いので、今までのロングテールとは全く違うものになる。

数の多さが違いを生む。





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posted by 七左衛門 at 13:22 | 翻訳