2009年02月28日

「多様な種、一つの知性」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Many Species, One Mind" の日本語訳である。



多様な種、一つの知性  Many Species, One Mind

ネットワークの知性に関する素晴らしい歴史書"Darwin Among The Machines: The Evolution Of Global Intelligence"(機械にとってのダーウィン:全世界的な知能の進化)で、ジョージ・ダイソンが示しているように、全世界的な一つの頭脳という考え方は、技術が出現したごく初期に生まれている。人間は「機械」を作るとすぐに「人工頭脳」を、そして、より重要なものとして「地球に一つだけの人工頭脳」を想像していた。機械に自律的エネルギーを与えた途端に、それが自律的知能を持つことを人間は予見していた。

ダイソンの本では、全世界的な人工知能について、サミュエル・バトラー、ライプニッツ、バベッジ、オラフ・ステープルドンなど歴史上の人物たちによる驚くべき予知能力に焦点をあてている。ダイソンはこの本を書き終えたあとで、レポート用紙を持って自分の作業場のテラスにすわって、序文の下書きをしていた。そのとき、人間性の未来におけるあらゆる経路について短い2行詩にまとめた。

人間は一つの種でいるか、多種に分化するか?
人間は多様な知性でいるか、一つに同化するか?


私はこの一節をどこかの石に刻んでおきたいと思う。この2行には、人類にとって重要な長期的シナリオが4種類含まれている。

ManMinds.jpg

一つの種、多様な知性: 公式な未来の姿。遺伝的改良の結果を交配しながら、個人の特徴は異なったままで、人間の種としての独自性は損なわれない。

一つの種、一つの知性: 電子的な媒介を通じて、人間はみんな結合して超個体になる。超人と言っても良い。私は最初これをボーグと呼んでいたが、ボーグとは多くの種が同化したものであるという指摘を受けた。

多様な種、多様な知性: スターウォーズの世界である。究極の多様性。人間は進化して新しい種に分かれていく。その一部は機械と結合してサイボーグのようになるかもしれない。

多様な種、一つの知性: 人間は生物学的には分化するが、人類圏としては一体化する。何百万もの種が同じ知性を持つ。最も恐ろしくて最も考えにくいシナリオである。この暗黒面の話がスタートレック・ネメシスであり、ボーグである。歓迎すべき話がサイエンス・フィクション(SF)にあるかどうか、私は知らない。

以前は、私はこの3番目のシナリオ ――多様な種、多様な知性―― がめざすべき未来だと考えていた。しかし、ダイソンの本を読んでからは「多様な種、一つの知性」が進むべき道だと思っている。「多様な種、一つの知性」という言い回しは、この新しい運命のためのステッカーの標語としては上出来である。

ジョージ・ダイソンは、私への手紙で次のように書いてきた。「多くの人はたぶん3番目のシナリオを好むだろうと思う。あるいは、それが破滅に対する(多様性による)最大の保険となって、最も豊かな未来を示してくれると考えるだろう。しかし、第4のシナリオ(多様な種、一つの知性)のように、宇宙には何か内在する力(あるいは偶然による力の均衡)があって、種は多様性に向かい、知性は統一に向かうのかもしれない。」

行き着く先が統一だという考え方は、私には目新しいものである。進化についての私の見解は、このブログでも概要を示しているが、その見解では生物の進化が「求める」ものは、進化の多様性に見られるような本質的な多様性だと思われる。技術の進化も同様であって、より多くの探索の手段、より多くの創造の方法、さらにはより多くの存在の仕方などへ向かっている。生物の進化も技術の進化も、選択に関する種類や特徴、複雑度、多様性を増加させる方向に進んでいる。このように進化は発散的である。

しかし、少なくとも技術に関して、統一へ向かう傾向があるとしたらどうなるだろうか。技術の進化は発散的でなく、収束的であるとしたら?

再びダイソンの手紙を引用する。「進化と通信ネットワークは、どちらも分岐する作用である。その違いは、種の分化がつながりを断絶する行為であるのに対して、通信ネットワーク(電気的、化学的、その他何でも)はつながりを形成する(そして維持する)行為だということである。興味深いのは、生物の進化における種の分化はみごとに成功している一方で、文化の進化における種の分化(孤立した宗教集団など)では、たいてい失敗している。フリーマン(ダイソンの父)であれば、次のように言うだろう。その失敗は地球上に十分な余地がなかったせいであり、外の宇宙空間では文化的な種の分化が繁栄する(スターウォーズの3番目のシナリオ)。しかし、私にはそれが正しいかどうかわからない。」

生物の進化と技術の進化の相違は(生物では絶滅が一つの筋道であるが、技術ではそうでないことに加えて)、生物は発散し、技術は収束することである。

しかし、その基盤となるものは単なる進化であるし、また、第七界(訳注:生物分類学で動物界の次に位置するもの。それは技術だとケヴィン・ケリーは言う。)では、生命が収束する。地球上には多くの種が存在するが、生命は一つである。地球上のすべての生命は、同じOS(オペレーティング・システム)を実行している。したがって、地球上では「多様な種、一つの進化」だと言うことができそうだ。そして、もし、ダイソンがその著書で言うように、進化はゆっくりと分散する知性のようなものだとすれば、すでに「多様な種、一つの知性」になっている。

でも進化が一つの知性であるというのは、全世界規模の超個体の「一つの知性」とは全く異なる。超個体の「一つの知性」は、多数の知性の複合体である。それはまだ名前がつけられていない種類の知性だ。この巨大な知性は、知性以外のもので構成された普通の知性では達成不可能なことができるようになる。

いま何かが知性の本質に取り込まれつつある。知性は他の知能をむさぼり食い、吸い込もうとしている。知性は他の知能をさがして融合しようとしている。ウェブでの共有という激しい衝動にその状況を見ることができる。少なくとも人間の知性は、他の人間の知性に入り込もうとしている。人間はテレパシーにあこがれる。知性は本質的に拡大しようとする。その論理的帰結は「一つの知性」である。

それと同時に、歴史には、知性の種類を増加させようとする明確な傾向がある。動物に見られるような、そして今では機器にも見られるような多種多様な知性である。知性は統一を切望する一方で、多様性や異なる思考方法を求めている。たぶん、それが「多様な種、一つの知性」として得られるものである。





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posted by 七左衛門 at 18:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳    
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