著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "What Technology Wants" の日本語訳である。
技術の欲望 What Technology Wants
犬は外に出たがる。猫はひっかいてもらいたがる。鳥は仲間を求める。ミミズは湿気を求める。バクテリアは餌を求める。
顕微鏡で見るような単細胞生物の欲望は、あなたや私の欲望と比べれば小さいけれども、すべての生物は共通していくつかの基本的な欲望を持っている。生き延びるために、そして成長するために。原生動物の欲望は無意識的であり不明瞭であって、本能あるいは傾向のようなものである。バクテリアはその必要性を自覚していなくても、栄養物に向かって動いて行こうとする。バクテリアの細胞膜の内側に、私たちが知っているような意志が存在する空間はないが、それでも何かよくわからない方法によって、別の方向ではなくその方向に進むことを選択して、自分の欲求を満たしている。
おそらく、欲望のためには多くの空間は必要ではない。宇宙物理学者のフリーマン・ダイソンは、私たちが知っている最小の組織的物質、すなわち量子レベルの粒子が選択の判断をしていると考えるべきだと主張している。何百万年もの間、ある粒子が存在していて、そしてあるとき突然それが崩壊する。なぜそのときなのか?ダイソンは次のように言う。個々の粒子の立場から見ると、この瞬間は選択である、すなわち欲望の実現であるとしか思えない。何百万個という規模の統計として考えたときにのみ、個々の粒子の選択は予測可能な半減期という形で現れてくるのである。個々の人間の欲望や願望でも、全体として平均すると不思議に予測可能な法則となる。
単細胞の原生動物のように非常に小さなものが選択をするのであれば、そして、ノミに本能があるならば、また、ヒトデがある物に向かって進む傾向があるならば、ネズミに欲望があるならば、それと同様のことが、この私たちのまわりに存在し、成長し、複雑化している技術の集合体においてもあるはずだ。技術の複雑さは、微生物の複雑さに近づいている。この組織は(今のところ)数億棟の住居、数百万棟の工場、植物を栽培し動物を飼育するために手を加えた何十億ヘクタールの土地、何千ものダムと人造湖、細胞のように並んで走る数億台の自動車、数千兆個のコンピューター・チップ、数百万マイルに及ぶ電線などで構成されている。そして、それは16テラワットの電力を消費する。
その各部分はいずれも独立して動作するわけではない。どんな機械装置も単独では働くことができない。技術の個々の一部分を維持するためには、他のすべての技術の存続と成長を必要とする。通信は、神経にあたる電気なしにはありえない。電気は、血管にあたるもの、すなわち、石炭やウランの採掘、ダムの建設、あるいは太陽電池を作るための稀少金属の採掘がなければ得られない。新陳代謝に相当する工場は、栽培植物や家畜などの食物を摂取しなければ存在できない。車両がなければ、血液循環にあたる商品流通はありえない。この世界規模のネットワークであるシステム、下位システム、機械、配管、道路、電線、ベルトコンベア、自動車、サーバーとルーター、施設、法律、電卓、センサー、芸術作品、書庫、活性剤、集合的記憶、発電機など、相互に関連があり、かつ相互に依存する各部分で構成される巨大システム全体は、非常に原始的な生物に似たシステムを形成する。それをテクニウムと呼ぼう。
テクニウムは、目に見える技術および形のない組織でできた世界であり、私たちが現代文化だと考えるものを構成している。それは人間が作り上げてきた物すべての現時点での蓄積である。過去千年の間、この技術的世界は毎年1.5%の割合で成長してきた。そのために現在の人間の生活と1万年前の生活とで相違が生じている。私たちの社会は自然に依存するのと同じように、この技術システムに依存している。さらに、あらゆるシステムと同様に、技術はそれ自身の計略を持っている。あらゆる生物と同様に、テクニウムは欲望を持っている。
混乱を避けるために言っておくと、テクニウムは(この時点では)意識を持たない。その欲望は、意志によるものではなくて傾向である。学習であり、本能、軌跡である。自己増強的な帰還回路の性質として、あらゆる大規模システムはある方向に傾いていく傾向がある。何百万もの増強的な関連や回路やネットワークなどが相互に影響する全体の総計は、ある一つの限られた方向に全体を押し動かす。大きくて複雑な機械の所有者であれば、誰でもこの傾向を認めるだろう。ある状況では機械は停止したいという「欲求」を持つし、また別の状況では「暴走」しようとする。複雑系は、自分の裁量によって特定の状況に引き寄せられる。数学用語では、これを「奇妙なアトラクター」への収束と言う。すなわち、一種の重力場のようなもので、最初にどの場所から始めても必ず複雑系をこの状態に引き込むのだ。
もちろん、私たち人間には、テクニウムから何かを得たいという欲求がある。しかしそれと同時に、人間の欲求とは別に、テクニウムには特有の偏向が存在する。人間の欲求以上に、テクニウムには、他の条件はすべて同じであるとすれば、ある特定の解答を好む傾向がある。技術はある特定の方向に進もうとする。なぜならば物理学や数学や技術革新の現実が可能性に制約を加えるからである。ここで、異星人の文明という全くの別世界を想像してみよう。彼らがもし電気を発見すれば、彼らの電気製品は、私たちの電気製品と全く同じではなくても、ある程度同様の性質を持っているだろう。どちらにも共通する性質は、電気技術に本来備わっている計略だと見ることができる。銀河系全体を通じてどこかに原子力を発明した文明があれば、その文明では、実行可能な一連の対策を見つけていることだろう。それが技術に内在する「計略」なのだ。
すべての異星人の技術的文明を調査して、技術の発展に共通の傾向を抽出することができれば素晴らしい。多数の技術的進化を見れば、その裏に、文化によらず普遍的な力学が存在することが明らかになるだろう。しかし、ここ地球では、テクニウムとして一つの見本だけしか存在しないので、そこに内在する傾向を解明する方法がほとんどない。自分で証拠を得るためには、三つの方法が考えられる。
(1) 歴史を振り返って、技術の発展が文化ごとに孤立していた時代にまでさかのぼる。技術の発展の道筋は、昔の中国、南米、アフリカ、西ヨーロッパなどで、相互の影響が最小限の状態で進んでいた。これらの並行した発展について研究すれば、技術に内在する傾向を解明することができる。
(2) さらに重要なことだが、技術に先行する主要なシステムとして生物の生命がある。進化および秩序化の力の及ぶ範囲は、生命体から人工物へと拡大している。それはいずれも同じような不平衡状態にあるからである。技術の進む方向は、生命や進化が進む方向と同じだと見ることができる。(進化に傾向があるという考えにあなたが同意してくれるならば、だが。)
(3) 一つしかない私たちのテクニウムの長い歴史を見れば、将来を予測できるような強い傾向がわかる。個別の発明は無視して、そのような発明を可能にした長期的傾向の図表を書くことができる。生物の成長履歴を見て、次にどうなるかを推測するようなものだ。その生物がもし毛虫であれば不運なことだが、ミミズであればうまく行く。
そこで、生物の進化および過去の技術の長期的履歴を見たときに、テクニウムの長期的軌跡はどうであるか?技術の欲望は何か?
可能性
多様性を増大させる
自由や選択を最大化する
可能性の余地を拡大する
効率
専門性、独自性を増大させる
エネルギーの密度を増大させる
存在意義の密度を増大させる
あらゆる物質とエネルギーを関与させる
どこにでもあって無料になる
美しくなる
複雑性
複雑性を増大させる
社会的な共依存関係を増大させる
自己言及的な性質を増大させる
自然と協調する
進化性
進化を加速させる
無限ゲームをする
一般的に、技術の長期的傾向としては、技能、方法、技法の多様性を増加させている。より多くのやり方、より多くの選択である。時間がたつと、技術の進歩によって、よりエネルギー効率の良い方法を発明し、また、一定の空間または重量の中に最大限の情報や知識を詰め込む技術に引き寄せられる。また、地球上のますます多くの物質が、技術的な作業過程に触れるようになる。さらに、技術は普遍性と安価に向かう傾向を持つ。また、技術は複雑さの程度を一新する。(多くはより単純になるのだが。)技術が世に出て機能するために、より多くの周辺技術が必要となる。一部の技術は真社会性を持つようになる。すなわち分散した存在であって、単独では不活性なものになる。長期的には、技術が進化する速度は増大し、技術自体の発明手段の変化を促進する。それは、変化というゲームを持続させるためである。
それが意味するところは、ある特定の技術分野の将来の軌跡が不確かなとき、「他の条件はすべて同じであるならば」、それがどこへ向かうかについて、次に示すようなことをいくらか推測できるということだ。
・あらゆる物の種類は増加する。その中で、人間にとってより多くの自由な選択肢を与える種類が優勢になる。
・技術は最初は一般的な形で始まり、やがて専門化する。ニッチをねらうことは、必ず時代の流れに乗っている。ある種のニッチがどこまで専門化するか(そして、細分化するか)については限りがない。
・エネルギー効率は高くなり、存在意義はより高密度になり、あらゆるものがより賢くなると考えても間違いない。
・すべてのものは普遍性と無料へ向かう。みんながそれを持つようになったら、どんな急展開があるか?無料になったら何が起こるか?
・何でも高度に進化したものは、美しくなる。そして、そのこと自体が魅力になる。
・非常に速く動いている技術は、時間とともに、ますます社会的になり、共依存的になり、環境保護的になり、他の技術とより深く絡み合うようになる。多くの技術は、それが生まれるための足場として他の技術を必要とする。
・時代の流れとして、別の新しい技術を容易に発明するための道具となる技術が、より速くそして安くなる方向へ進んでいる。
・高度な先端技術は、きれいな水、きれいな空気、確実なエネルギーを必要としている。人間がそれを必要とするのと同じことである。
ここに挙げたものは、技術の欲望のごく一部である。私たち人間は、技術の欲望を必ずしも実現する必要はないが、その力に反発するよりも協力することにして、まずはその欲望を考えるところから始めるべきだと私は思っている。
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