2009年07月07日

「デフォルトの勝利」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Triumph of the Default" の日本語訳である。



デフォルトの勝利  Triumph of the Default

現代の生活において、重要なのに真価を認められていないものの一つが、デフォルトである。「デフォルト」とは、もともと1960年代に計算機科学で既定の標準値を表すのに使われた技術的概念である。デフォルトという言葉は、たとえば、このように使う。「このプログラムのデフォルトでは、年月日の年は4桁ではなく2桁の数字で示すものとする。」今日ではデフォルトという概念は、計算機科学の枠を越えて文化全体に広がっている。些細なことのようにも見えるが、このデフォルトという考え方は、テクニウム(文明としての技術)にとって基本的なものである。

デフォルトは生活の一部になっていて、そうでなかった時代のことを思い出すのは難しい。しかし、デフォルトは計算機の普及にあわせて発生したもので、複雑な技術システムの特質である。工業の時代にはデフォルトは存在しなかった。初期の計算機では、システムは頻繁に故障するし、また、数値を入力するのは大変面倒だった。そんな時代に、プログラムが故障した場合やシステムを最初に起動する場合、システムが自動的に数値を設定してくれるという重要な機能がデフォルトであった。それは賢い仕掛けだ。利用者やプログラマーがわざわざ変更しない限り、デフォルトが効いてシステムがきっと動作する。だから電子機器やソフトウェアプログラムは、全ての選択肢をデフォルトに設定して出荷している。デフォルトは、購入者が要求する基準(たとえば米国の標準電圧)に対する設定であり、期待する選好(映画の副題など)であり、最良の慣行(ウィルス検出を有効にする、とか)である。たいていの場合には既定値でうまく行く。今では、デフォルトはいろいろな場面で使われている。自動車、保険契約、ネットワーク、電話、医療、クレジットカード、その他、好みに合わせて設定できるものは何でも。

実際に、わずかでも計算機の知能が入っているものには、(すなわち、今どきの複雑な製品なら何でも)デフォルトが組み込まれている。このような既定値は、装置やシステムや組織に仕組まれた明白な偏向である。しかしデフォルトは、何にでも用意されている暗黙の仮定というだけではない。たとえば、多くの手工具は右手での使用が「デフォルト」になっている。実際のところ、使用者が右利きだという仮定はとても一般的なので、そう言わないだけである。同様に、手工具の形状は、使用者が男性であると想定している。工具だけではない。初期の自動車は、運転者が男性だという前提で設計されていた。あらゆる製品は、その想定される購入者と購入動機について、推測しなければならない。そして、当然、その仮定は技術の中に組み込まれる。システムの規模が大きいほど、より多くの仮定をしなければならない。ある特定の技術的基盤を注意深く観察すると、その構造には広範囲の仮定が埋め込まれていることに気がつくだろう。したがって、アメリカ的な楽観主義、個人の尊重、そして変化を好む傾向は、米国の電気設備、鉄道、道路、教育などにおいてすべて固有の構造としてまとめ上げられている。

しかし、あらゆる技術に組み込まれているこの偏向は、デフォルトという概念と同じ特質を多く持ってはいるが、デフォルトそのものではない。デフォルトは変更可能な仮定である。ハンマーやペンチ、はさみなどの右利き用という想定は変えられない。運転者の性別の想定にもとづく自動車の運転席の位置などは、昔は簡単に変更することができなかった。ただし、現代の技術においては、たいていのものが変更可能である。柔軟性のある技術システムの特徴は、新しい用途や新しい利用者に備えて、配線変更や、修正、プログラム変更、改造、取替などが容易にできることである。多くの(全てではなくても)仮定が変更可能である。限りない柔軟性と多数のデフォルトの利点は、ある個人が望めばその人が本当に選択できることにある。技術は自分の好みに合わせて調整でき、自分の能力に合うように最適化できるものである。

しかし、きわめて柔軟なしくみの欠点は、すべての可能性が爆発的に増大し、圧倒的な数になることである。気が遠くなるほど多くの選択肢があるのに、そのすべてを検討する十分な時間が(そうする意志も)ない。スーパーの陳列棚にある99種類のマスタード、2,356種類の選択肢がある医療保険、あるいは仮想世界のアバターの56,000もある髪型など、このような多くの選択肢が亡霊となって、優柔不断や無気力を生み出している。活力を失わせるほどの過剰な選択という問題に対する、すばらしい解決策がデフォルトである。デフォルトのおかげで、いつ選択するかを私たち自身が選択できる。たとえば、あなたのアバターは、最初は標準的なデフォルトの外見(ジーンズをはいた子ども)で始めればよい。デフォルトの設定はそれぞれ後になってから変更することができる。何千もの可変な設定、つまり本当の選択は、賢いデフォルトを採用すれば管理することができる。それは私たちのかわりに選択を「してくれる」が、将来いつでも好きなときに自分で選択する完全な自由が確保されている。私の自由が制約されるのではなく、ちょっと時期をずらしているのだ。だんだん知識が増えてきたときに、設定の手順に戻って、選択に入れたり外したり、あるいは数値を増やしたり減らしたり、または何かを捨てて別のものに変える。しかし私がそうするまでは、選択は隠れていて見えず、おとなしく従順に待っている。適切に設計されたデフォルトでは、私にはいつも完全な自由があり、しかも時期がくれば、選択肢が段階的に、賢い方法で提示されて選択を促す。デフォルトは選択肢の増大を緩和する道具なのである。

この選択肢の増大と、昔のハンマーや自動車、あるいは1950年代の電話システムなどを比べてみてほしい。当時の利用者は道具をどのように使うかについて、ほとんど選択の余地がなかった。世界的な技術者が何年もかけて、多くの人にとって最良の機能を提供するために、不変で汎用的な設計に磨きをかけてきた。しかも、そのような設計には永続的な美しさがあった。工業製品やインフラストラクチャーにおいて相対的に変化がないことは、ごく普通の人々の利用のためにすばらしく洗練されていることで相殺されていた。今日では電話に関して、実際には50年前と比べて多くの選択をするわけではないが、選択が可能ではある。そのわずかな選択をどこで行うかについては、多くの選択肢がある。この次々と出現する潜在的な選択肢は、携帯電話やネットワークの適応性という性質の中に多重に埋め込まれている。召喚すると選択肢が出現する。しかしこのような豊富な選択は、固定不変の設計においては決して出現しない。

デフォルトが最初に現れたのは、複雑な計算機や通信ネットワークの世界だったが、ついでに言えば、ハンマーや自動車や靴、ドアの取っ手などにも適用可能である。微量のコンピューターチップや機能性材料を使って、このような製品に順応性を与えることによって、デフォルトへの道を開いている。何らかの適応材料でできたハンマーの柄を想像してほしい。それはあなたの左手に合うように、あるいは女性の手に合うように、ひとりでに形を変える。利用者は自分の性別、年齢、熟練度、作業環境などを直接、ハンマーの小さな神経細胞に指定することもできるだろう。そして、もしそうなれば、その工具はデフォルトの設定で出荷されることになる。

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しかしデフォルトは「面倒」だ。心理学の研究によれば、デフォルトを変更するために要するわずかな余分の労力は、多くの人がその変更を思いとどまるのに十分である。したがって、そこに手つかずの自由があるにもかかわらず、みんなはデフォルトのままにしている。カメラの時計は、デフォルトの12:00を表示して点滅している。パスワードは仮発行パスワードのままである。どんな技術者に聞いてもわかるとおり、大部分のデフォルトは一度も変更されないという厳しい現実がある。適当な装置を取り上げてみれば、100個の設定のうち98個は工場出荷時の設定のままだろう。私自身の経験では、自分で変更できる設定であってもほとんど変更していない。デフォルトのままである。私はマッキントッシュが登場した25年前からずっと使っているが、それでも、今まで聞いたことがない基本的なデフォルトや設定を見つけることがある。工学的観点では、このデフォルトの慣性は、成功の目安だ。なぜならば、デフォルトが役に立っているということだからである。ほとんど変更をせずに製品が使われていて、そのシステムが調子よく働き続けているのだ。

したがってデフォルトの値をどうするかを決めるという特権は、権力と影響力をもった行為である。デフォルトは、個人がシステムを管理する道具であると同時に、システムの設計者、すなわち既定値を設定する人が、システムの方向性を決める道具でもある。この選択の設計方針は、そのシステムを利用する文化に大いに影響する。デフォルトや選択肢の出現順序も重要である。小売業者はそのことをよく知っている。売上を伸ばすのに適した順序で決定を誘導するように、店舗やウェブサイトを演出している。空腹な学生に、最後ではなく最初にデザートを選ばせるとしたら、そのようなデフォルトの選択順序は、学生の栄養状態に深刻な影響を及ぼすだろう。

プログラミング言語からユーザー・インターフェースの設計や周辺機器の選択に至るまで、複雑な技術の構成要素は何でも、多数のデフォルトを含んでいる。システムは匿名性を前提としているのか?人々が基本的に善良だと想定するのか、それとも良からぬことをたくらんでいると見るのか?システムのデフォルトは最大限の共有か、それとも最大限の秘密なのか?一定期間が経過したら設定はデフォルトで無効になるのか、それともデフォルトで自動的に更新されるのか?選択を元に戻す操作は、どの程度容易であるべきか?管理の手続きは、事前の同意によるのか、あるいは事後の同意によるべきか?四つか五つのデフォルトの設定値の組み合わせによって、異なる特性が何百種類も出現する。

技術的な構成が同じもの、たとえば同じハードウェアと同じソフトウェアで構築した計算機ネットワークであっても、そのシステムに組み込まれるデフォルトを変えるだけで、文化的には全く異なる結果が発生する。デフォルトの影響は強力なので、たった一つのデフォルトによる非常に小さなひと押しが、大規模で複雑なネットワークを揺るがす可能性がある。その例として、企業で実施している確定拠出年金(401k)のような年金投資制度において、加入率が非常に低いのは、あまりにも多数の細かい選択肢があるのも理由の一つだということである。行動経済学者のリチャード・セイラーは、デフォルトの選択内容(「強制選択」)で自動的に登録するという実験で、従業員の加入率が飛躍的に上昇したと述べている。この制度からいつでも脱退でき、指定内容は全く自由に変更できる。ただ、デフォルトを「申込必要」から「自動登録」へと転換したことで、システム全体の傾向が変わったのだ。同じような例がある。死亡時に自動的に臓器を提供することについて、オプトアウト(事前に拒否しなければ実行される)なのか、あるいはオプトイン(登録しなければ実行されない)なのかについても、やはり同様の転換が起こる。オプトアウトの臓器提供システムにすると、提供される臓器の数は大いに増加する。

小さなデフォルトは、技術革新が自然に展開していく方向を人間が曲げてやる方法の一つである。たとえば交流110ボルトの電気のように、米国全体に広がる精巧な技術システムは、他の技術システム(ディーゼル発電機や工場の生産ラインなど)による自己増強的な支援を得て、それ自体の勢いを増すようになる。そしてその増加した勢いは、それ以前のシステムを押しつぶしていく。しかし電気システムの各部分にはデフォルトが存在する。正しい調整と巧みな選択をすることにより、少数のデフォルトを使って、巨大なシステムをある特定の状態に持って行くことができる。システムに対して、斬新だが確実性の低い変革を受け入れやすくもできるし、変化は困難だが確実性を高くすることもできる。小さなデフォルトによる小さな影響によって、ネットワークの拡張が容易にも困難にもなる。あるいは、いつもと違う外力に対してどのように対処するか。あるいは、中央集権的になるか、分権的になるか。技術システムの形態は技術自体によって決まるが、システムの性質は人間が決めることができるのだ。

システムは中立ではない。自然の偏向を持っている。加速する技術が次々と生み出す選択肢に対して、人間は小さなひと押しを加えて、すなわち、システムのあちこちに人間自身による偏向(デフォルトとも言う)を意図的に埋め込むことによって、その選択肢を管理している。人間は自分の利用する技術が人間の共通の目標へ向かうように、つまり、多様性や複雑性や特殊性、感覚性、さらに美しさなどを増大させるという目標へ向かうようにするために偏向を働かせる。

デフォルトはもう一つの事実を私たちに気づかせる。その定義が示すとおり、デフォルトは、私たち、すなわち利用者または消費者または一般市民が何もしないときに働くものである。しかし、何もしないということは中立ではない。それはデフォルトによる偏向を発生させる。だから「選択しない」ことが選択そのものなのである。動かないものについても、あるいは動かないからこそ、中立は存在しない。多くの人の主張に反して、技術は決して中立ではない。あなたがどうするか選択しなくても、技術は選択しているのだ。私たちがシステムに対して働きかけるかどうかにかかわらず、内在する偏向から、システムは明らかな偏移と確かな勢いを得ている。私たちができることは、せいぜい小さなひと押しを加えるだけである。





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posted by 七左衛門 at 21:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳    
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