2009年12月27日

「科学的手法の革新」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Recent Innovations in the Method" の日本語訳である。



科学的手法の革新  Recent Innovations in the Method

過去50年間の、科学的手法の革新としては何があるだろうか?あなたが今まで生きている間に、科学の性格を変えてしまったものは何か?私は新しい手法を使った発見よりも、科学の手法それ自体の革新に興味がある。

宇宙物理学、生物学、進化論、計算機科学、心理学、空想科学小説などの分野で著名な科学者や科学評論家に対して、この質問を問いかけた。次のような人たちが質問に答えてくれた。

(JB)ジョン・バロウ、 (GB)ゴードン・ベル、 (GtB)ヘリット・ブレクストラ、 (RD)リチャード・ドーキンス、 (NE)ナイルズ・エルドリッジ、 (TE)テリー・アーウィン、 (FD)フリーマン・ダイソン、 (GD)ジョージ・ダイソン、 (JG)ジム・グレイ、 (DH)デイヴィッド・ヒリス、 (NH)ニック・ハンフリー、 (SK)スチュアート・カウフマン、 (CL)クリス・ラングトン、 (SP)スティーブン・ピンカー、 (LS)リー・スモーリン、 (BS)ブルース・スターリング。

彼らの考えをまとめて整理してみた。ここに示すものは、何人かの思想家たちが科学の手法について過去50年間にあった重要な革新だと考えるものである。

パーソナル・コンピューター ―― パーソナル・コンピューターがあらゆる科学者の机上に置かれるようになったことは、1946年の世界初の計算機シミュレーションよりも、科学に与える影響が大きいと思う。パソコンは「新しい」発明のようには見えないかもしれないが、これによって統計分析やシミュレーションなどが科学に不可欠な一部分になった。(DH) パソコンの開発は、計算機全般とは別に考えるべきである。パソコン以前には、計算機は巨大であり、高価であり、大規模な問題に向いていた。安価で小さくて、双方向的操作性と画像表示能力をもった計算機が出現したことで、シミュレーションによる実験ができるようになり、カオスや複雑性の研究が進歩した。(JB)

計算機シミュレーション ―― シミュレーションは重要であるが、それはモデル化が進化したものだ。モデルを蓄積したものが発展して、費用や時間を節約しながら、いろいろな複雑さで自然を説明できるようになった。ノーベル賞受賞者のケン・ウィルソンらの主張によれば、シミュレーションとモデル化は、観察と理論に続く、科学の第三のパラダイムだという。視覚化はシミュレーションを本当に「使える」ものにしたし、また、それはシミュレーションの強力な構成要素にもなっている。(GB)

網羅的組合せ論 ―― モデルを作成し、そのモデルから生成される空間をくまなく探索して何が起こるかを調べることで、世界を科学的に探求できる。空間をすべて走査したり、そこから広く標本を抽出したりするという方法で、必要なことを調べられる。ブーリアンネットワークについて、私はこれを「アンサンブル法」と名づけている。異なる種類のモデルを作り、それぞれに対して、アンサンブル(集団)から無作為抽出したデータを使って代表的な性質を確立する。後に物理学者たちは同じ手法をスピングラスに適用した。(SK)

統計分析 ―― 統計の重要性は、言及する価値がある。(JB) 分散分析も同様である。(RD) さらに、ベイズ法による統計分析も。これは、1700年代のベイズ牧師による基礎的研究にさかのぼると言う人もいるが、それは現実的ではない。実際のところベイズ解析は、マルコフ連鎖モンテカルロ法の発展に依存しており、その計算手法は1990年代に実用化されたばかりである。いろいろな科学の分野でベイズ解析は、新しい研究方法や非常に複雑な解析に取り組む方法を提供し、解釈の新しい枠組みを築いている。それは、科学の多くの領域において、データを統計分析するための有力な枠組みになったと思う。(DH) 一つの例として、これは50年以上前からあるものだが(全盛期に対して、起源をどのように定めるかにもよる)、統計的推測がある。これがなければ、心理学、社会学、疫学などの学問はあり得ないだろう。統計的推測は、明らかに1世紀以上前にゴルトンが始めたもので、その後、ピアソン、ネイマン、フィッシャー、スピアマンらによって20世紀の最初の30年でさらに発展した。しかし実際には、それは計算機を使ってようやく実用的になり、今までの50年間で、その主要な技法を初めて体系的に利用して、各分野の因果関係を立証してきた。重回帰分析(さらにその特殊な場合として分散分析)、パス解析、時系列分析など。(SP)

合成による解析 ―― これは私が1959年にMIT(マサチューセッツ工科大学)で研究していた手法の一形態で、人間が解析する(すなわち科学する)方法を表現した造語だ。音声については、音声を生成する過程を理解することが目標である。音声信号を取り込んで、計算機が生成した信号と比較して、声道が何をしているかを推論し、最終的にはどのような音声が生成されているかを推論する。この手法は多くのいろいろな状況で使われていて、グーグルによれば1万1千件の検索結果がある。(GB)

大規模データベース ―― もう一つの革新は、実験科学の重要な要素として、データ処理が台頭してきたことである。これは計算機シミュレーションと同じものではない。大量に存在する実際のデータを、理解しやすくなるように取り扱うことである。データベースの構築方法と、利用者の利便性を高める方法を知っている専門家が必要である。データ処理は、実験科学者をソフトウェア技術者に変身させる効果を持っている。(FD) 最新のデータベースを使うと、計算機を含む帰還回路の中で、質問したり、何かを試したり、補強証拠を得たりすることができるので、新しい発見が可能になる。(GB) ゲノム情報学や蛋白質情報学などの生物情報学は、大規模データベースの分析を通じて生物学を研究しているのである。これについては、多くの人(たとえばエリック・ランダー)が生物医学の革命だと言っている。(SP)

パターンマイニング ―― データマイニング(傾向を自動的に推論する、パターンを検出する……)は科学的手法の主要な部分になりつつある。(JG) データマイニングは、人工知能を応用してデータベースを検索し、さらには文章をも検索し、隠されたパターンをさがすものである。(SP)

デジタルリポジトリー ―― 公開の電子データベース(科学文献、あるいはジェンバンク(GenBank)のような生データのデータベースなど)をインターネットで検索できるということは、革新的である。ジェンバンクのおかげで、分子生物学は局所的な(一つの研究室での)仕事から全世界的な事業へと、その性質が変化した。そして他のデータベースも、科学の諸分野に対して同様の影響を与えている。(DH) 観察科学の分野では、デジタルライブラリーの出現で科学の方法が変わった。今ではオンラインのデジタルライブラリーが、あらゆるデータや文献を統合している。(ジェンバンク、パブメド(PubMed)、ブラスト(BLAST)は、生物学におけるその良い例である。)(JB)

生データのデポジトリー(保管庫) ―― あまりに多すぎて元の研究者が解析できないほどの、テラバイトの貴重なデータ(脳活性化の3次元図示)でも、迅速かつ容易に収集することができる。神経画像処理(PET(ポジトロン断層法)およびfMRI(機能的磁気共鳴画像))の研究者たちは、つい最近、自分のデータを公開の保管庫に置くことに合意した。他の研究者がそのデータを解析して、新しい発見を得られるようにするためである。(SP)

ウェブ ―― IR(Information Retrieval 情報検索)、ウェブ、ハイパーテキスト、およびネット検索は、おそらくシミュレーションと同じくらい科学に貢献している。(GB) インターネットとウェブは、科学をきわめて集団的な活動に変えた。従来は孤立して、あるいは長期間かけて考慮していた問題について、多くの知性が共同で取り組むようになった。(JB)

検索エンジン ―― 一つ(もしかしたら、二つかも)明らかなことは、オンライン論文集、ウィキなどの情報源、マスワールド(MathWorld)のようなサイトが近ごろ出現したことである。これらはいずれもグーグルその他の検索エンジンで見つけられる。この能力を使えば、研究中や思索中に疑問が発生したときに、その答えを発見する処理時間が短縮されて、その疑問の起こった前後関係がまだ頭の中にあるうちに答えが得られる。このことは、複雑な問題、とくに自分の専門分野外にはみ出すような問題について、考える能力を基本的に変化させたと思う。それは、人間の思考能力および問題解決能力について、まさに相転移であると見なすことができる。新しい考えが短時間のうちに広い範囲に展開する可能性は、適切な検索条件による検索能力と組み合わせると、莫大なデータという干し草の山の中から、特定の知識という針を見つけることができるようになる。それは、私の考えでは、科学的手法に関する本物の進歩だと見ることができる。やはり、それは科学的手法の基本的なアルゴリズムの強化(実は進化)である。さまざまな発想の生成と流通が、強力な選択的検索処理と結合したものである。(CL)

E-print(電子文献) ―― PDFファイルによる電子的な出版と流布は、重要な革新である。(TE) これによって作業の速度が本当に速くなった。LANL(ロスアラモス国立研究所)のXサーバーと、未発表論文の保管庫は、真に革命的な技術革新である。(GD) 情報の下流では、著作権で守られていて知識の流通を妨げるような、高価な雑誌を排除したいと思っている。ゴードン・ムーア財団が出資する、ヴァルマのウェブ上の技術雑誌は、これに関する重要な成果である。(GB) 最近の悪くない変化は、ウェブでの研究論文の発行である。この慣行のせいで、印刷された論文誌はどんどん時代遅れになっている。これによって、研究成果をより速く、そしてより広く利用することができるという多大な利点がある。また、その欠点は、印刷された論文誌を発行する諸学会の主な収入源を取り上げてしまうことである。(FD) 私が経験した最大の変化は、インターネットによって科学情報利用の容易さと速度が非常に増大したことである。(たとえばhttp://arXiv.orgで論文が直ちに入手できる。その後になってから、通常の論文誌に掲載されることもある。)(GB) 電子出版。(BS)

大人数の共著 ―― 過去50年で最大の革新は、数十人から数百人が一つの実験に参加する大規模プロジェクトの研究組織である。小規模から大規模チームへの変化は、素粒子実験物理学において最も顕著だが、その他の分野、たとえば生物学や天文学でも、ある程度起こっている。このような変化は、実験機器の規模と複雑さの増大によるものである。それは学生に創造性を発揮する機会をあまり与えずに、奴隷労働者にしてしまうという望ましくない影響がある。(FD) 私は、インターネットを通じて共同で論文を執筆した経験がある。私はオランダにいて、そのほかに一人のフランス人と、カリフォルニアのUCLAでポスドク(博士研究員)として働く中国人と一緒に論文を書き上げた。この人たちとは会ったこともなく、話をしたこともなかった。約半年の期間をかけて、電子メールの交換だけで論文を完成させた。これは爽快な経験であったし、時差も役に立った。(私が眠っている間に彼らが働き、私が働いている間に彼らが働いた。)(GtB) 大人数の共著による多国籍の論文は、重要な革新である。(BS)

分散計測 ―― 小さな電波望遠鏡を多数集めると、個別の機器では見えない物であっても、全体が共同すればそれを見ることができる。このような道具は、全ゲノム配列決定のようなプロジェクトを可能にして、新しい段階の共同作業を発展させる。これは科学的手法の進化なのかどうかよくわからないが、方法論の進化であることは確かだ。(GD)

科学の組織化 ―― まず一つ言えることは、科学に関する共同体の企業化である。一つの研究計画、たとえば弦理論について固く結合された、地球全体に広がる大きな共同体ができている。次には、大学や研究所の内部における科学の組織化の完成である。すなわち、厳格な管理階層構造に基づいて、影響力のある引退間近の高齢者が、若年者の職歴を支配しているということだ。(LS) 国家の科学資金拠出、産業による営利目的の研究開発、数億ドル規模の巨大な実験機器などが大流行である。(BS)

特許 ―― 知的財産に対する利益目的の商業的幻覚行動を忘れてはならない。(BS)

思考実験は、ここに列挙しておくべきものである。(GD)

階層理論 ―― 階層理論は科学的手法における重要な革新である。私はこれをより広くとらえている。 この重要な変革とは、還元主義的な方法(上位から下位へ進む)が、システム的な方法(下位から上位へ進む)によって補完されるということである。すなわち、フォン・ベルタランフィの一般システム理論(1930年代)に始まって、サイバネティクス(1950年代)を経て、カオスや複雑系の科学、自己組織化および円環的因果律(1970年代)に至るものだ。(GtB) 階層理論は、複雑系の構造や内部構成の問題に取り組むための認識論的道具である。たとえば生物世界における情報や経済システムのような、システムの構造に関するその主張は、存在論的(通常はそうだが、不同意の人もいるだろう。)である。物質文化の世界では、なおさらそうだと思う。ただし、このような取り組みは始まったばかりである。(NE)

パラダイムシフトの認識 ―― 「科学の自己意識」の到来は、それ自体が科学の歴史の転換点であったのかもしれない。C.H.ウォディントンは1941年に"The Scientific Attitude"(『科学の考え方』)という本を書いた。この概念がこれ以前にどこまでさかのぼれるのか、私は知らない。(NH)

全世界的な科学教育 ―― その他に、科学に有利な状況として、世界中で教育が普及し、平均的な繁栄がもたらされていることがある。その結果として、今日では、従来と比べてはるかに多数の科学者が活躍している。科学はとにかく大きくなった。(JB) 国家が支援する大学と大衆教育も項目に加えたい。(BS)

賞 ―― ノーベル賞、その他、富と名誉が得られる賞、セレブの地位、多くの金と栄光。(BS)





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posted by 七左衛門 at 21:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳    
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