著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Speculations on the Change of Change" の日本語訳である。
変化の変化に関する考察 Speculations on the Change of Change
科学的手法の発明は、言語や文字の使用と同様に、技術の発展における重要な転換点である。しかし、過去の他の転換と違って、科学的手法は、それ自体がその後も急速な進化を続けている。言語はそれ以後のあらゆる変化の土台となっているが(言語がなければ科学はあり得ない)、言語の基本的構造の進化は止まったままだ。しかし科学は違う。長い目で見れば、科学の進化から生じた転換は、言語による影響に匹敵するだろう。なぜならば、科学は変化のしかたを変えるからである。
実際のところ、科学的方法の変化は、世界で最も展開の速い最先端の変化である。電子時代の生活様式、ブームや流行、次世代電子機器などに代表される光のような速さの変化よりも、さらに一歩先を疾走している。知ることの変化という立派な超新星が今まで目立たずにいたので、私たちはそれを見落としていた。科学的手法と言えば、学術的論文誌や研究室など、過去にとらわれたものを考えがちだ。しかし、科学的手法とは、情報や知識の体系を手に入れるための一般的な方法だと見るとき、それは広汎かつ迅速で、他のあらゆる変化に比べて圧倒的で根本的なものであることに気がつく。
たとえば、現在進行中の作業であるが、人間が刊行したすべての書物3200万冊、すなわちシュメールの粘土板の時代から現在に至るまでの書物をスキャンして電子化している。その真価が発揮されるのは、各ページにあるそれぞれの概念にハイパーリンクとクロスリファレンスを設けたときである。この方法は、研究上では昔から有効と見られているが、すべての書物というような規模では今まで実用的ではなかった。すでに、英語の法律は全部、さらに、過去25年間に発行された学術雑誌の半分は、電子化されてリンクをつけた状態になっている。この電子化ができれば、機械翻訳を利用して、あまり知られていない言語からよく使われる言語へ知識を移転させることができる。本を1冊ずつ見てもわからないような一定のパターンを、蔵書の集合体から発見するというテキストマイニングも可能になる。ここに述べた2件は、情報技術の変革のうちの小さな項目にすぎない。通信速度、記憶容量、検索技術などは日々向上している。高級雑誌やネット上のブログでは、その進歩は娯楽や遊びだと決めつけているが、実際にはそんなことはない。数々の先端技術、たとえば、計算機、ハイパーリンク、ウィキ、検索、RFIDタグ、無線LAN、シミュレーション、その他、技術の福袋は、実際に科学の性質を変化させつつある。このような技術は、知識のための道具である。まず最初に、この革新的技術は、私たちの知っている物を変える。次に、私たちが理解する方法を変える。さらに、私たちが変化する方法を変える。
科学は、今後も引き続き、発見や創造によって私たちを驚かせるだけでなく、科学それ自身が変化して新しい方法を示すことによって、私たちを驚かせてくれる。科学の自己変革の中核にあるものは技術である。新しい道具のおかげで、新しい知識の構造や新しい発見の方法が得られる。今から400年後の科学的手法は、現在における科学の理解とは異なっていて、その差異は、現在の科学的手法と400年前の科学の原型との差よりも大きいだろう。生物学的な進化と同様に、新しい生命体は古いものの上に層をなして、ぴったりと積み重なっていく。現在の科学的手法が放棄されるわけではなく、新しい段階の秩序に包含されている。
今後400年の技術革新についての合理的予測は、私たちには(少なくとも私には)想像がつかない。しかし、今後50年の間に起こる技術的変化であれば、実際に想像することができる。その技術のいくつかは、科学的手法を変化させてそれ自体の可能性を広げる技術だろう。すなわち、新しく開発された技術がさらに他の新しい技術を生み出し、また、新しく構築された知識がさらに他の新しい知識を新しい方法で生み出したりする。
以上の観察による示唆、および私自身の旺盛な想像力にもとづいて、科学的手法の進化において近い将来にありうる展開について次のとおり提示する。
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失敗事例の蓄積 ―― 失敗事例を捨ててしまうのではなく、保存し、共有し、蓄積し、分析する。成功事例は、失敗事例と関連づけたときに信憑性が高まる。これについては参考例がある。最近の決定によれば、生化学の論文誌では、研究者に対して初期の第1相臨床試験を登録するよう求めている。通常は薬品の第1相臨床試験は失敗に終わるが、その失敗事例は報告されない。公衆衛生対策として失敗事例を共有すべきであり、したがって、成否にかかわらず、第1相臨床試験の結果を報告していなければ、論文誌には第3相臨床試験の結果を掲載しない、と申し合わせができている。
三重盲検試験 ―― すべての実験参加者は、計測期間中、実験していることさえも知らない。日常生活を続けながら、多量のデータを抽出し保管する。この大量の測定値から、後で制約条件および変数を識別して「分離」する。たとえば、10万人に対して20年間にわたって、生体情報と生活様式を非侵襲的に記録する。その後、それを分析すれば、何らかの変数(喫煙の習慣、心臓の状態など)について20年間に及ぶ実験だとみなすことができるかもしれない。その実験をしていることに誰も気づかなくても。
組合せ全数探索 ―― 非常に大きな規模で体系的に無作為の変化を発生させて、多くの未知な要素を探索することができる。可能なすべての種類のセラミックを作って試験してみることによって、ある特定の種類のセラミックを探索する。ある種類の蛋白質で可能なすべてのものを生成して、それが結合するかどうかを調べれば、ある範囲の蛋白質を探索することができる。すべての可能なプログラムを自動的に作って、それを実行すれば、新しいアルゴリズムを発見することができる。たしかに、たいていのものについては、すべての可能なXを集めて分析することが、Xを研究する方法となりうる。この可能なものの「集合体」の変数が、実験に相当する。十分な計算能力があって、さらに適切な基本要素の蓄積があれば、科学にとって未知の広大な領域を精査することができる。
進化的探索 ―― 組合せ探索をさらに一歩進めることもできる。前回の良い結果の中で最良のものを選んで、そこから新しい変種の集合体を抽出することができれば、解決策を進化させることが可能になる。最良の結果を変異させ、改良して、より良い結果を育成する。最良の試験対象の蛋白質を何千通りにも無作為に変異させて、その一群の中の最良のものを選んでさらに変異させる。やがて、ある系統の蛋白質ができて、それぞれが祖先よりも目的の用途に適するようになる。最後には、完全に機能するものが得られる。この方法は、計算機のプログラムにも、また仮説にも適用することができる。
多重仮説マトリクス ―― 仮説を一つだけ提示するかわりに、複数の仮説シナリオからなるマトリクスを提示して処理する。その仮説の多くは、アルゴリズムによって生成される。そのすべてについて同時に検討する。多数の仮説のマトリクスを通じて実験を進めると、複数の命題が結論に適合することもあり得る。その複数の命題を次の実験に伝達する。
パターンの増強 ―― 結果のパターンを検出するのに役立つソフトウェア。統計情報のパターンを見つけ出す曲線近似ソフトウェアはその先駆けである。多くの変数がある大規模な情報では、アルゴリズムによるパターンの発見が必要になり、それが一般的になる。そのようなパターンは特殊な知識領域(たとえば素粒子の分裂)に存在しているが、より一般的な規則と推論エンジンができれば、パターン探索ツールはあらゆるデータ処理に不可欠な要素になるだろう。
適応的実時間実験 ―― 結果を評価して、大規模な実験をリアルタイム処理で修正する。今、私たちが行っているのは、主としてバッチ処理の科学である。伝統的な方法では、実験を開始して、結果を得て、結論に達する。それを受けて次の実験を計画して、着手する。それに対して、この適応的実験では、データ収集と並行してデータの分析を実施する。実験の目的と計画は、実行途中で変更される。すでに一部の医学実験では、実験初期の発見に基づいて中断したり、再検討したりしている。この方法が別の分野へも拡張されるだろう。適応的実験を客観的に保つためには、適切な方法を用意する必要がある。
人工知能による証明 ―― 人工知能で実験の論理を検証する。科学実験は今まで以上に高度で複雑になっているので、それを判断することも難しくなっている。人工知能のエキスパートシステムが、最初に論文の科学的論理を評価して、議論の構成が妥当であること、必要な種類のデータを掲載していることを確認する。これは編集者や査読者の意見を補強するものとして使われる。やがて人工知能による確認手続が一般的になれば、人工知能が何らかの一貫性を持って多くの論文を評価することができる。
ウィキ・サイエンス ―― 多数の研究員が一つの「論文」上で協力して関与する実験。その論文は進行し続けて、いつまでも終了しない。実際には、一連の編集と実験が、進化する「文書」に同時進行で即座に投稿される。貢献度は計算しない。一つの論文当たりの平均著者数は増加し続ける。大規模な共同作業であれば、その数は急上昇するだろう。評価や貢献度を追跡記録するツールが不可欠になる。
確定給付型研究資金 ―― 特定の科学的成果を得るために賞金を利用する。目標が決まっていて、その目標に最初に到達した人のために資金が確保されている。その競争には誰でも参加することができる。この方法は、予測市場と組み合わせてもよい。誰が勝つかの賭けをして、その賭け金を追加資金として役立てるのだ。
超大量の世界(ジリオニクス) ―― 体内や環境の至る所にあって、24時間年中無休で稼働するセンサーは、医学や環境科学を変えるだろう。センサーのデータは、昼も夜も、無数の情報源から絶え間なく流れてくる。新しくて安価で無線の、今までにないセンサー機器には、新しい種類のプログラムが必要になる。それを使って、データを抽出し、索引を作り、この大量のデータを保管する。そして、そこに意味のある兆候を見つける。ジリオニクス、すなわち超大量のデータの流れを扱う分野は、健康、自然科学、天文学に不可欠なものとなるだろう。
強力なシミュレーション ―― 複雑なシステムに対する人間の知識が進歩するにつれて、そのシステムの複雑なシミュレーションを構築できるようになる。シミュレーションが成功しても失敗しても、そのシステムについて多くの知識を得るのに役立つ。ロバストな(外乱に強い)シミュレーションを作ることは、あらゆる分野の科学に必須の要素になる。役に立つシミュレーションを構築するという技術は、一連の成功事例を集めることによって、それ自体が専門分野となり、新しいシミュレーション理論ができるだろう。今、仮説を数式で表現することが求められているのと同じように、将来には、すべての仮説をシミュレーションで実行することを期待するようになる。
ハイパー分析マッピング ―― メタ分析では、一つの主題に関するさまざまな実験を集めたり、その(ときには矛盾することもある)結果を統合して大規模なメタ見解を作ったりする。それと同様に、ハイパー分析は、メタ分析をまとめることによって、きわめて大規模な見解を作り出す。言及、仮定、証拠、結果などの相互関連を計算によって解明する。そして、それをより大きな規模で再検討する。ハイパーマッピングは、ある特定の分野で知られていることを集計するだけでなく、未知の要素や矛盾を強調する作用もある。今後の研究が最も効果を生むであろう「空白地帯」を明らかにするのに利用できる。
主観への回帰 ―― 主観を拒否して客観を尊重するようになったとき、科学は科学になった。他人による実験、しかも、より熱意の少ない他の観察者による実験の再現性は、科学が合理的であるための手段であった。しかし、科学が尺度の限界を越えて、すなわち最大側にも最小側にも限界領域に突入して、物質・エネルギー・情報の基本原理の奇妙さに直面すると、観察者の役割を無視することはできなくなるだろう。存在とは自己因果性の逆説のようなものであり、存在の起源を探求する科学は、不合理にならないように、やがて主観を受け入れざるを得なくなる。逆説を扱うための道具は、今はまだ十分なものではない。
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