2011年02月13日

「技術に関する宇宙の起源」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Cosmic Genesis of Technology" の日本語訳である。



技術に関する宇宙の起源  The Cosmic Genesis of Technology

天地創造の最初の時点では、宇宙はごく些細なもので、小さな小さな小さな空間に閉じこめられていた。全宇宙の始まりは、最小の原子の中にある最小の素粒子の最小の小片よりもさらに小さな閃光だった。その点の内部はすべて同じ熱さ、同じ明るさ、同じ密度であった。このあまりにも小さい領域のすべての部分の温度は均一だった。実際のところ、何らかの差異が発生する余地はなかった。

しかし、その創造が始まったときから、この微小な領域は私たちの知らない作用によって拡張している。すべての新しい地点は、他の新しい地点から飛び去っていく。宇宙が人間の頭ほどの大きさにふくらんだとき、冷たさが存在可能になった。その大きさになるまで最初の3秒間は、宇宙は完全に固体で、余裕も隙間もなかった。完全に充満していて、光でさえも動くことができなかった。まったく均一なので、今の現実世界で働いている四つの基本力、すなわち重力、電磁気力、強い力、弱い力は、すべて統合された単一の力であった。このように初期の段階では、一つの総合的なエネルギーが存在していた。そして、宇宙が拡張するにつれて四つの異なる力に分化していった。

宇宙の最初の状態について、次のように言っても誇張しすぎということはないだろう。宇宙ができた最初の数フェムト秒の間、宇宙には一つの物だけが存在していた。すべてを支配する一つのきわめて高密度の力である。この唯一の力が拡張し冷却して、何千もの変種になった。宇宙の歴史は、このように単一性から多様性へと進んでいる。

宇宙が拡張していくにつれて、無ができた。広がった「無」のことを私たちは空間と呼んでいる。空虚が増大するのと同時に、冷たさも増大した。空間によってエネルギーが冷却されて物質になり、物質が減速し、光を放出し、重力や核エネルギーその他の力が出現した。空間のおかげで差異ができた。

しかし、物質が冷却してゲル化するよりも速く、宇宙は拡張した。このため差異はさらに増加した。宇宙が速く拡張すればするほど、その内部の温度やエネルギーの差異が大きくなる。単一の冷たい点状のUR物質 ――原初の超越的な何か―― が発生したときから、今の現実世界における相違、すなわち私たちが物質やエネルギーと呼んでいるものは具体化していた。あらゆる種類の元素、各種の重力やエネルギーなどは、このように、同じUR物質が一時的に凝固した仮の姿である。

拡張する空虚と、ビッグバンの名残である熱との差はどんどん大きくなって、進化、生命、知性、そして技術の進歩の原動力となった。

エネルギーは冷たさに対するポテンシャル、すなわち冷たさとの差である。エネルギーは、重力の影響を受ける水のように、最も低い、最も冷たいレベルに向かって浸透し、すべての差が解消するまで止まらない。ビッグバン後最初の数千年は、宇宙内部の温度差は小さかったので、すぐに平衡状態に達しただろう。もしも宇宙が拡張し続けていなかったとすれば、興味深いことはほとんど何も起こらなかったはずだ。しかし宇宙が拡張するせいで、ものごとに傾斜が生じた。全方向への拡張、すなわち、すべての点が他のすべての点から遠ざかることによって、空間には空虚な底ができて一種の下部構造となり、そこへ向かってエネルギーが流れ落ちるようになった。宇宙が速く拡大すればするほど、構築する下部構造は大きくなる。

下部構造の最も下には最終状態が存在し、それは熱的死として知られている。絶対的な静止状態である。そこには動きがない。なぜならば、差異が存在しないのだ。ポテンシャルがない。光がなくて、音がなくて、すべての方向について同質な様子を思い浮かべればよい。これとあれというような基本的な差異も含めて、すべての差異が消滅する。この地獄のような均一性は、最大エントロピーと呼ばれる。「すべての創造物は基底状態へ向かう。」これは、私たちが知る限り宇宙で唯一の、例外のない法則だ。宇宙にあるすべてのものは、熱的死と最大エントロピーという究極の平等に向かって、斜面を滑り落ちている。

その斜面は私たちの周囲に、いろいろな形で見ることができる。エントロピーのせいで、速く動いている物体は速度が低下する。秩序は無秩序に転落する。各種の差異や独自の個性を保つためには、何らかの犠牲が必要である。差異というものは、速度でも構造でも、あるいは行動でも、急速に違いが減少する。なぜならば、あらゆる動作に伴ってエネルギーが流出して、傾斜を下っていくからである。差異には見返りが必要だ。差異を維持するためには、この性質に逆らわなければならない。

エントロピーの斜面の上で差異を維持しようとする努力は、自然の壮観を生み出す。たとえば鷲のような捕食動物は、エントロピー消耗のピラミッドの頂上にいる。1年の間に1羽の鷲が100匹の鱒を食べ、その鱒は1万匹のバッタを食べ、そのバッタは百万本の草を食べる。投入された百万本の草の重量は、産出された鷲よりもはるかに重い。この余剰は、エントロピーによるものである。動物の生活における行動は、いずれも、わずかな熱(エントロピー)を消耗する。すなわち、あらゆる捕食動物は、消費した餌のエネルギーの合計と比べて、少ないエネルギーしか受け入れていない。この不足は必ず各動作ごとに累積される。太陽光が草に降り注いで、常に新しいエネルギーを補給することによって初めて、生命の循環は進み続けることができる。

この不可避な消耗と同様に厳しいことだが、物質組織が冷たい平衡に向かって急速に消滅せずに、どこにでも存続することができるのは驚異的である。宇宙のどこかで任意に5キロの原子を取れば、それは冷たい岩の塊として凝集するか、あるいは冷たい気体として漂っているはずだ。それは簡単な物理学だ。しかし、あちこちで5キロの原子が秩序を持ち、熱があり、はっきりした差異を持っていて、温血動物として常に活発なイヌワシを形成している。扁形動物、銀河系、デジタルカメラなども、すべてこれと同じ性質を持つ。すなわち、差異のある状態を保持している。それは宇宙の大部分の原子に共通する性質としての熱的な均一化から遠く離れている。宇宙の他の物質は凍った基底状態へ向けて滑り落ちているのに対して、いくつかの目立つ形態が浮上して飛び跳ねているようだ。この上昇する持続的差異の流れをシントロピーという。エントロピーの逆である。

シントロピーは負のエントロピーの別名であり、ネゲントロピー(またはエクストロピー)ともいう。私はシントロピーという語を好む。なぜならば、これが肯定的な用語であるのに対して、他は二重否定の言葉遣いで、欠如の欠如(あるいはマイナスのマイナスの秩序)を意味するからだ。シントロピーとは、「エントロピーの収容能力」であり、さらなる確実性と構造だと考えればよい。技術的システムあるいは生物システムは、エントロピーの効率的な流出元である。組織が系統的で構造化して複雑であればあるほど、エントロピーを迅速に発生することができる。つまり、シントロピー的であるほうが効率的にエントロピーを発生する。同時に、エントロピーの発生はエネルギーの消費で得られるものであり、エントロピー流出の「衝動」は、秩序を生むポンプになる!

Syntropy.jpg

シントロピーの図解:システムに投入されたエネルギーは、エントロピーを生成し、その結果として秩序と情報を増大させる。

これはさらに技術的な表現に言い換えることができる。シントロピック(シントロピー的)システムは、最も効率的な方法でエントロピーを増大させる。暖房した小屋のドアを開けたままにすると、熱が壁を通って偶発的に漏出するよりも速く、ドアを通って外へ流出する。小屋の壁に発電装置を取り付ければ、熱はもっと速く外へ流出する。その分のエントロピーの流れの増加は、実際に発電装置の動力源となっている。発電装置の代わりに、象を置いてもよい。その場合でも、細胞の秩序を作りながらエントロピーの流れが増大しているだろう。エントロピーを最大化する装置は、シントロピーを最大化する装置でもある。逆も同じ。最もシントロピー的な装置は、最大のエントロピーを発生する。これは今の私たちにわかることだ。重量比で考えて最も複雑な装置、すなわち、哺乳類の脳やノートパソコンは、私たちが知る限り最も効率的なエントロピー発生装置である。将来、技術が進歩するにつれて、人工的システムのシントロピーも高くなり、その結果としてシステムから放出されるエントロピーと廃熱を増加させるだろう。ノートパソコンから放出される重量当たりの熱は、すでにガソリンのパワー密度に近づいている。計算機の密度が高くなり、複雑になり、賢くなり、あらゆる面でシントロピー的になると、爆発する危険がある。

情報とエントロピーを詰め込んだ流れがシントロピー的構造を通るとき、平衡状態からはるかに離れたところで安定を保っている。シントロピックシステムにはいろいろな規模(バクテリアから銀河まで)、いろいろな形(竜巻からヒトデまで)、いろいろな密度(インターネットから太陽まで)があり、材質もさまざまである。人工的システムや技術的な道具も、次のような点で生物と同様である。それは持続的な不一致状態にあり、また、爆発もせず凝固もしない永続的不平衡にあるが、そのかわりに、穴に落ちようとする定常的ポテンシャルを保持している。

いわゆる技術は、シントロピー的構造(人間)によって作られたものであり、シントロピー的性質を多く備えている。技術が持つ性質、たとえば柔軟性、順応性、自己調節力などは、不活性物質の世界には存在しないものである。何らかの人工物を錆びたり腐食したりするのに任せておけば、その物質の「自然な」状態、すなわち硬くて不変で単純な状態を見ることができる。

ある種のシントロピー的組織(星)は 、何十億年も存続することができる。また、ある形態から別の形態に進化するものもある。自分自身について疑問を持ち、それはなぜかと問うものもある。定常的なエントロピー流出にもかかわらず、これらの形態、すなわち渦巻状の銀河、大気のある惑星、水中の生物、探求的な知性などが持続していることは、ほとんど奇跡的(英雄的とまでは言わなくても!)だと思われる。宇宙が下降するのに反して、上昇する力をどこから得ているのか?昔は、思索家だけでなく多くの科学者までも、生気というものが生命体を活性化していると考えた。物質に働いている通常の自然の力とは異なる気である。今では、数多くの注意深い実験を通じて、生物および生命類似の人工的システムの活気は超自然のものではないこと、そして、そのシントロピー的な上昇力は、逆らうことのできないエントロピーの法則に矛盾しないことが明らかになっている。鷲が翼を使って高く飛ぶことができるのは、不可避なエントロピーの消耗を進化によって覆したからではなくて、エントロピーを原動力として翼における熱の差と高揚を得ているからである。

わかりやすく言えば、それは宇宙の拡張を原動力としている。さらに明確に言えば、私たちのこの宇宙の拡張を原動力としている。私たちの宇宙は、今とは違った状況となる可能性もあった。基本的数値の組合せが異なる別の形態においては、この永続的に平衡とはほど遠い構造は不可能だっただろう。宇宙学者は、生命類似の組織が可能になる厳しい条件を計算してきたが、一部の学者はその範囲があまりにも狭すぎるので、私たちがここに存在することを証明することは不可能だと言っている。フリーマン・ダイソンが述べたように、すべての証拠が示すところは「ある意味では、宇宙は私たちが出現することを知っていたに違いない」のだ。

ある特定の形態の技術や生物が出現するのは、まったく予想できなかったことではあるが、宇宙が拡張して相違のための余地を広げ始めたときから、何らかの技術や生物の出現は運命づけられていた。宇宙において拡大する相違が持つ潜在的可能性を、実際の相違をもって証明するしくみには長い歴史があって、その系列の最後に技術が位置する。時間・空間の拡張は宇宙にエントロピーの消耗をもたらし、さらにはエントロピー増加を促進する形態、たとえば生命、知能、知能的生命体(技術)を出現させた。CERN(欧州原子核研究機構)の巨大な衝突型加速器と、極小のインテル8080コンピューター・チップ、すなわちテクニウム(訳注:文明としての技術)の大と小を考えると、その究極の起源は人間の技術者ではなくて、この存在の基本法則にある。技術の起源は、ビッグバンにおいて、弱いシントロピー的性質を持ちながら永続する構造、たとえば銀河や星などが、エントロピーを利用して秩序を維持したときに始まった。その延長線上で初期にはバクテリアが、後には人間がその計略を進展させた。今では、テクニウムが差異を生み出している。その差異は、生命が持つ驚くべき能力のすべてを使っても扱えないほどである。

テクニウムは差異の原動力である。言ってみれば、ある構造のさらなる強力版を作り出す機械である。いかなる生物よりも熱く燃える人工物、いかなる生物よりも速く走る人工物、あるいはいかなる生物よりも遠くまで伸びる人工物を生み出す。テクニウムはエントロピーの減衰を利用して、永続的に不平衡な物質の集団を作り、また宇宙でかつて見られないほどのエネルギーを作っている。新しい潜在力と差異。今までとは違う差異。宇宙が拡張し続ける限り、技術は差異を生み続ける運命にある。テクニウムが創造するもの、それは差異である。





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posted by 七左衛門 at 18:49 | 翻訳