著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "The Stars of 1,000 True Fans" の日本語訳である。
千人の忠実なファンのスターたち The Stars of 1,000 True Fans
「千人の忠実なファン」という概念は、私が何年か前に提案した理論である。それはウェブで多くの注目を集めた。その要点は、芸術家、音楽家、映画製作者、写真家、著述家などは、たった千人の忠実なファンの支援があれば、まずまずの生計を立てることができるというものだ。忠実なファンとは、あなたが制作するものを何でも買う、1年間に少なくとも50ドルほどの金額をあなたに関するものに使う、あなたのショーやサイン会には全部行くという人である。独立したアーティストがこのようなファンと直接に取引して、ファンが支払った金額の大部分を手に入れるならば(出版社やレーベルやスタジオや画廊などを通じた取引とは違って)、理論上では、たった千人のファンがいれば、5万ドルの生活費が得られる計算になる。
理屈はそうだ。問題なのは、千人の忠実なファンのスターが存在するかということである。それを実践している人が誰かいるのか?私の友人であるジャロン・ラニアーは、さらに現実的な疑問を投げかけている。直接のファンからの稼ぎで生活しているアーティストで、最初に「古いメディア」で何らかの成功を収めてから転向したのではない例があるか?別の言い方をすれば、最初からデジタルの世界にいる独立系アーティストで、忠実なファンの支援によって活動している人はいるのか?
2008年当時には、その要件を満たしそうなアーティストは3人しか見つからなかった。まだ少し早すぎるのだろうと思った。、当然ながら、この方式を成熟させるのには時間を要するからである。
それから何年か経過した今では、既存のメディア仲介業者に依存せずに豊かな生活をしている創造的な人をいくらでも挙げることができる。その人たちは直接のファンによって生計を立てているのだ。
近ごろで最大のスターは、アマンダ・ホッキングである。キンドルの電子書籍を毎月10万部販売し、その売上の大部分を自分で受け取っている(売価3〜5ドル)。(ちなみにその本は、低俗ヴァンパイア小説トワイライトの類似品だ。)ある出版業者がネット上で次のようにささやいたそうだ。「アマンダ・ホッキングがキンドル・ストアで全くの独力で得ているよりも、さらに良い条件を彼女に提示できる既存の出版社は今のところ世界中どこにもない。」
先の引用はNovelr(ノベラー)のイーライ・ジェームズから聞いたもので、この人はホッキングと電子書籍の状況について素晴らしい記事を書いている。ジェームズは、キンドルで電子書籍を販売して生計を立てている作家が他にも多数いることを明らかにした。また、キンドルで上位25人のベストセラー作家のうち「大手出版社で以前に本を出版したことがあるのは6人だけ」とジェームズは述べている。すなわち、このスターたちの3分の1はデジタル・ネイティブなのだ。
小説作品の多くは、今のところウェブ上で無料で提供されているが、これからは作者も読者もキンドルでの低価格電子書籍に移行して、その状況も変わってくるだろう。漫画や劇画も同様で、無料のウェブ版は、有料のiPad(アイパッド)やタブレット形式に移行しつつある。またゲームについても、ファンに直接販売されている例が多くある。この分野でのスターはマルクス・パーションで、マインクラフト(Minecraft)という20ドルのゲームが百万本も売れている。それは直接のファンの口コミだけによる販売で、宣伝には少しもお金を使っていない。
キンドル作家の計算に戻ろう。その取り分は既存の出版社より良いとは言っても、100%ではない(最大70%)。そして価格は安い。非常に安い。たとえば1部当たりの利益が平均1ドルだとすると、紙の本の印税とほぼ同じである。したがって、1年に1冊の本を書くとすれば、千人の忠実なファンではなくて、1万人でもなく、十万人のファンが必要になる。作家にとっての解決策は、本の他にもいろいろな物を売ることだ。ノーカット版、注釈、簡略版、音声版、作品集などを販売する。定義のとおり忠実なファンはそれを全部購入し、支援の額は数ドルだったものが数十ドルに増加する。デジタル市場では、他の商品やサービスを特注品あるいは限定品として用意しない限り、作品当たりの単価は低い。
今では忠実なファンの世界でスターたちが存在する一方で、大部分の独立系創作者は忠実なファンによって生計を立てているわけではない。ニューヨークで何らかの契約をしているアーティストと比べると、出版社に頼らずに成功しているデジタル・ネイティブのアーティストは、はるかに少ない。私はアマンダ・ホッキングの本を読んだことはないが、そのブログは気に入っている。アマンダは、自分の成功の意義を過大評価しないように忠告している。たとえば、他の作家の例を指摘する。J.L.ブライアンは、ほとんどあらゆる点でアマンダと瓜二つである。彼女は次のように言っている。「誰に聞いても、ブライアンは私と同じことをしてきた。同じジャンルで書いているし、本の価格を安くしている。ブライアンのほうが私よりも優れた作家でもある。では、なぜ私のほうがより多くの本を売れるのか?よくわからない。」
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