2012年01月15日

「再現できない実験結果」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Irreproducible Results" の日本語訳である。



再現できない実験結果  Irreproducible Results

科学的手法(人間がものごとを知る方法)は、その誕生から今日までの400年と比べて、今後の50年でより大きく変化すると私は断言する。科学的手法の新しい進化の一つは、過去10年のうちに出現し始めている。

現在の科学的手法において重要で規範的な概念とは、実験は誰か別の人により再現可能でなければならないということである。これによって客観性、すなわち自分で自分をごまかしていないということを保証する。

2010年に雑誌ニューヨーカーに掲載された、ジョナ・レーラーによるすばらしい記事 The Truth wears Off, (pdf) (真実は減耗する)では、実際に再現された実験はごくわずかしかないと述べている。そのわずかな再実験でも同じ結果を示すものはほとんどない。とくに生物科学においてはそうである。

さらに不思議なことは、実験の再現性は時間とともに低下する。まるで薄れていくかのように。最初のうちは、科学者たちは典型的な拒絶段階にあって、「低下は存在しない」としてその現象を否定していた。もし再現性の低下があるならば、それは一般的ではない。もし一般的であるならば、それは重要ではない、と。しかし今では、多数の科学者がその低下は事実であり、一般的であり、重要であると考えている。

[ジョン・クラッブは]マウスの行動に関する一連の実験を三つの異なる研究所、すなわちニューヨーク州オールバニー、カナダのアルバータ州エドモントン、オレゴン州ポートランドで実施した。実験をする前に、考えられるすべての変数が共通になるように努めた。各研究所では、同じ系統のマウスで、しかも同じ供給者から同じ日に発送されたものを使うようにした。そのマウスは同じ銘柄のおがくずの床敷を使って、同じ種類の飼育器で育てられた。マウスには同じ量の白熱電球の光を当て、同数の同腹子と生活し、全く同じ種類の固形飼料を与えた。マウスに触れるときには、同じ種類の手術用手袋を使い、実験するときは同じ機器を使って、午前中の同じ時刻に実施した。

この再現性確認の前提は、もちろん各研究所で同じ傾向の結果が得られるはずだということである。クラッブは次のように言っている。「いずれかの実験がうまく行けば確認は成功と言えるのだが、しかし、そのような結果にはならなかった。」ある実験では、クラッブは特定の系統のマウスにコカインを注射した。ポートランドでは、薬物を投与されたマウスは、通常の場合と比べると平均して600センチメートル余分に動作した。オールバニーでは、701センチメートル余分に動いた。しかし、エドモントンの研究所では、5,000センチメートル余分に動作した。不安感に関する実験でも同様な偏差が観察された。さらに、このような不一致について、一定の傾向は検出できなかった。ポートランドでは、ある系統のマウスが最も不安を示していたが、オールバニーでは他の系統にその特徴が出現した。

クラッブの研究から得られる気がかりな推察は、科学的データの異常値の多くが、単なるノイズにすぎないということである。


レーラーは、この再現性低下について、最近の学説を紹介している。その概要をさらに要約すると、不再現問題は、肯定的結果に対する科学の偏向に関係がある。この肯定的結果への偏向は、科学のいろいろな局面において作用する。たとえば、「公開の偏向」では、肯定的結果だけを公開して、否定的結果は却下しないまでも放棄する。その他の肯定的結果への偏向の例として、肯定的結果を取得できるように実験を設定し、当然、より多くの肯定的結果を得る。あるいは、肯定的結果が得られるまで実験を続ける。この難しい問題から脱却するためには、科学者に否定的結果を受け入れさせるような厳しい規制を設けるのも一案である。再現性低下の信奉者の一人、ジョナサン・スクーラーは、「オープンソースのデータベースを設置し、研究者はそこに研究計画の概要とすべての結果を提出することを義務づけるよう推奨する」と言う。すなわち、あらかじめどのような実験をするかを述べておいて、さらに、結果の如何にかかわらずそれを公表するということだ。大部分の結果は否定的になるだろうが、それによって肯定的結果は、将来の実験に対してさらに堅牢で強固になる。

理想的には、科学は無作為の時点で無作為の主題について無作為の実験を実施すると良いのだろう。労力と注目のコストが非常に大きいので、長期的にはそのような方法は、特定の狭い分野以外では実際的ではない。生物医学では、否定的結果を収集しようとするいくつかの小規模な試みがあるが(たとえば Journal of Pharmaceutical Negative Results (医薬品否定的結果報告誌)など)、体系的な否定的結果を要求することは、現在の科学的手法に見られるいくつかの弱点を改善するのに大いに役立つと思われる。





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posted by 七左衛門 at 15:13 | 翻訳