訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Simultanology" の日本語訳である。
同時性 Simultanology

同時性(simultanology):人間の動作と同様に、リアルタイムで即座に動作すること。
ATM(現金自動預け払い機)は、銀行業務の同時性の一例である。夜に今すぐ現金が必要だというときに、なぜ日中まで待って銀行に行かなければならないのか? ペイパル(Paypal)やその同類も、これとよく似た同時性だ。今すぐ払う! 私たちが新しいと感じることの大部分は、リアルタイムで即時の作用に向かうものである。
最近、私自身の生活で、新しい同時性の事例を二つ発見した。
ネットフリックス(Netflix)のインスタントウォッチ。ネットフリックスのインスタントウォッチに収容された映画が増加するにつれて、視聴の習慣に不思議なことが起こっている。もはやディスクではあまり視聴しなくなった。赤い封筒がそこに置いてあるだけだ。ネットフリックスのディスクカタログは、ストリーミングカタログと比べて約10倍も大規模で高品質だが、ある映画がストリーミングになかったら、それ以上さがすことをしない。即座に見られる他のものを調べる。ネットフリックスの2日後配達(私の居住地での例)でも待っていられない。
キンドル(Kindle)のほしい物リスト。多くの読者諸兄姉と同じように、私は、読もうとする時点よりも前に本を購入していた。書店で素敵な本を見つけて、最終的には読むだろうと思ったらその本を購入する。オンラインへの「大移動」が起こった後でも、読みたい本を見つけたときに購入する。ネット上でも良さそうな本への言及に次々と遭遇するので、私の物理的蔵書は増加していった。私がこのように本を蓄積している理由は、一つには、読みたいときに読めるように新しい本を手元に置いておきたいということがある。アマゾンの2日後配達を待っていられない。
キンドルが出現して、私は主としてデジタルの本だけを買うようになったが、良い本に出会ったり素晴らしい本を勧められたりすると、すぐにその本を買うという昔からの習慣を続けていた。とても簡単だ!クリックすれば本が入手できる。
何ヶ月か前に、突然ひらめいたことがある(他の人にも同じひらめきがあると思う)。キンドルのコマーシャルに出てきてもよさそうな瞬間だった。私はトルコのブルサという町の、ほこりっぽいバス停に立っていた。これから非常に長時間バスに乗るのだが、もう最後の本を読み終わってしまった。心配ない、キンドルがある。トルコの交差点に立って、その場で本を注文した。5分もしないうちにその本が目の前に現れた。そう、これが技術というものだ! しかし、その後ふと気がついた。キンドルの本をあらかじめ購入しておく必要はない! 世界中のどこでもいつでも、その本をダウンロードできるのだから、読み始める5分前に買えば良いのではないか? あらかじめ本を買っておいても、それは買わなかった本と同じ場所(クラウドの中)にあって、未精算の買い物かごのかわりに、精算済の買い物かごに入るだけだ。未精算の買い物かごに入れたままにしたらどうなのか? だから、今では私はそうしている。この瞬間に読み始めるというときまで本を注文しない。後で購入しようと思う本は、アマゾンの「ほしいものリスト」に入れておく。一種のジャストインタイム購買である。
人間にとって時間は希少な資源であり、企業活動においては何十年も前から、顧客の時間を節約しようとする動きがある。インスタントコーヒー、電子レンジ調理食品、ドライブスルー、セルフサービス店舗などは、すべてその推進力の一部である。しかし、時間の節約、すなわち所要時間を短縮することは、問題の一部にすぎない。このような商品やサービスの最終目標は、遅れ時間を減らしてリアルタイムで即座に作用することである。何かをするのに要する時間を除去することは、本当の目標ではない(そもそも、それを販売しているのだから)。そうではなくて、その何かが直ちに始まることが目標なのだ。ネットフリックスのストリーミングは、視聴する時間を減少させるのではない(実際には増加させている)。そうではなくて、視聴時間をずらしてリアルタイムにするのである。
今では、同時性がウェブ上で隆盛を極めている。通信できるものは、何でも即座に通信することができる。それは無形の商品やサービスにとっては良い話だ。しかし、昔からずっとそうだったわけではない。ウェブ以前の時代のインターネットでは、文書はFTPサイトに保管して公開されていた。みんながFTPサイトに行って、片っ端からファイルをダウンロードする時代が何年か続いた。なぜならば、本と同じで、いつ必要になるかわからないからである。その後しばらくすると、あらかじめファイルをダウンロードしておくよりも、常時そのファイルに直接アクセスできるほうが良いということに気がついた。必要になったときにダウンロードすればよい。
メディアは同時性をうまく活用するようになったが、生活のそれ以外の部分では、まだリアルタイムでないことが多い。医療もその一例である。診断や検査や治療に遅延があるのはなぜか? 教育も変化しつつある(たとえばカーン・アカデミー)とは言うものの、まだ十分にリアルタイムにはなっていない。行政や政治は、多くの場合リアルタイムにはほど遠い。科学や発明発見には、さらなる同時性が必要である。
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