著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "The Next Transitions in the Technium" の日本語訳である。
テクニウムの転換点 The Next Transitions in the Technium
生物の住む惑星が経験する発展上の転換点としては、どのようなものがあるだろうか? 文字の発明は、重大な転換点だろう。安価な非生物的エネルギーの利用もそうだ。科学的手法の発明は、大きな飛躍である。エネルギー(たとえば電気)を精密に制御することによる長距離通信も重要だ。そのおかげで、他の各種の発展が可能になっている。私たち人間の文明は、このすべての段階を経験している。今日の一時的な流行や熱狂は別として、将来、どのような転換がありうるだろうか? 情報やエネルギーの構造の新たな転換点として、私たちの文明が待望するものは何だろうか? このような変化はたいてい緩やかに起こるので、どの時点が境界だと特定することはできないが、それぞれの変化の構造を見ると、あらゆる文明が遅かれ早かれ到達する当然の変化だと思われる。
*人工知能: 人工知能にはいろいろな種類があって、そのいずれについても公式な定義はない。どんな基準をとるにしても、文明が自分自身と同様な、あるいは何らかの面で優れた人工的な知性を作る能力を持つようになれば、重要な転換点に到達したと言えるが、それによって人工知能の進歩が複利計算的に加速されることはない。
*人工生命: 同様に、人工生命のあり得る形態も多様である。自然の生物の派生物に始まって、従来とは異なる塩基対に基づく人工生命、ナノボットに類似した自己再生能力のある乾性の生命に至るまで。持続可能で、自己再生し、自己進化する生物ができれば、大規模な革新を可能にするとともに、大規模な問題をもたらす。これは重大な転換点である。
*メトセラリティ(不老長寿): 健康管理と科学の進歩のおかげで、人間の平均寿命は延び続け、その上昇率も増加している。現在でも科学の力によって、発展途上国での人間の平均寿命は、1年に何日かずつ延びている。この上昇率が増加し続けるとすれば、人間の寿命は毎年1日ずつ延長していたところから始まって、科学の進歩によって、ある時点において毎年1年ずつ延長するようになるだろう。寿命が1年ごとに1年ずつ延びるということは、その転換点に到達した人は誰でも、実質的に不死になる。すなわち、メトセラリティである。聖書に出てくるメトセラと同じように、平均で千年生きるようになる。
*全世界的ネット: 長い期間をかけて、人間は陸にも海にも、数キロメートルごとにセンサやモニタを設置することを続けて、ついには地球全体を覆う細密な網のようなセンサ群ができる。温度計、風速計、雨量計、日射センサ、大気汚染微粒子検出器、放射線計測器、地震計、温室効果ガスセンサ、動物行動検知器、海面高度計、波高計、交通量センサ、DNAセンサ、その他地球の表面上(および内部)で考えられるすべての物を定期的に計測する小型機器があるだろう。そのすべては惑星を覆う感覚器を構成し、惑星上の知性(人間と機械)に対してリアルタイムの知覚を提供する。このときはじめて、私たちは地球を数量化できることになるだろう。
*惑星規模の超個体: 惑星上に広範囲に存在する何十億もの知覚のある生物と、何千兆もの賢い機械が、常にオンの状態で一つのシステムに融合している状態。知能を持った主体が相互作用する、惑星規模のこのシステムは、創発的な挙動とさまざまな自律性を示す。それはシステムの個々の要素には見られないものである。ある惑星では、単独の人工知能ができる前に、この惑星規模の超個体が人工知能の域に到達するだろう。地球がどの方向に向かっているのかは、明らかではない。
*メモレックス: 文明社会に存在する著作、音楽、写真、絵画のデータは、すべてデジタル化されて機械可読な方法で記録される。すべての言語の、すべての年代の、すべての媒体にあるすべての知識は、すべての人およびすべての機械が普遍的に読み書きできる方法で記録される。言い換えれば、世界図書館が実現する。ただし、それは本だけではなくて、過去と現在のすべての創作物を収録し、いつでも利用可能である。文明規模の知識に関するこの転換点が実現すれば、それは全世界的記憶および全世界的知覚になる。(訳注:Memorexは1970年から80年頃にかけて活躍した記憶媒体のメーカー)
*サイボーグ: もう一つの転換点は、個人が誰でも全世界的メモレックス(全世界的記憶)を自分の頭脳に取り込めるようになることである。文明規模の記憶をすべての人が利用できる、あるいは自分の中に持つようになる。
*鏡像世界: 自然世界と人工世界の両者を、全面的なシミュレーションの世界に1対1対応させる。この巨大な世界モデルは、実際の世界と同時並行に進行する。最初に、大きな組織の機能をシミュレーション世界に転写する。次に、都市全体の動きをリアルタイムの都市シミュレーションに反映する。最終的には、地球上の重要な拠点、センサ網、動作主体、変化量などが、すべて、この世界モデル上でリアルタイムでシミュレーションされる。ある意味ではグーグルアースに似ているが、建物だけではなくて、あらゆる活動や生態系が含まれている。この鏡像世界(mirror world)は、科学や予測のための実験台として使うほか、セカンドライフのような娯楽手段としても使うことができる。
*第一種エネルギー: ロシアの宇宙飛行士ニコライ・カルダシェフは、銀河系文明のエネルギー生産について三つの主要な段階を提案し、それを第一種、第二種、第三種と名づけた。第一種はその惑星から得られるエネルギーを最大限に利用すること、第二種は恒星から得られるエネルギーを最大限に利用すること、第三種は銀河からのエネルギーを十分に利用することである。人類は、まだ第一種にも到達していない。したがって、この転換点は私たちの前方の未来にある。
*世界家系図: 私たち人間は最終的には、生存するすべての人の全遺伝情報を解読するだろう。また最近の死者についても、遺伝情報が入手可能である限り解読するだろう。家系の記録と併用すれば、この膨大なデータの宝庫から、史上初の世界家系図が得られる。存命の人すべてはそこに掲載されて、他の人たちとの関係が示されている。私があなたとどのような関係にあるかを明確に見ることができる。また、いつかある時点になれば、その人がいつ生まれたかにかかわらず、誰かと他の人との関係を見られるようになるだろう。そうなると、家系図上での自分と他人の距離が近いことに大いに驚くはずだ。この共通の家系図は、健康管理、医療、科学だけでなく、平和にも役立つと思う。ギリシャ人とトルコ人、ユダヤ人とアラブ人、韓国人と日本人は、互いに無関係どころか、非常に近い関係であることがわかるだろう。
*すべての種に関する知識: ある時点で文明が目覚めて、その惑星に生存する他のすべての種について、包括的で体系的な目録を作る。この状況は、物質を構成するすべての元素の一覧表を作ることに似ている。化学を活用するためには、すべての元素に関する知識が必要であるのと同様に、生態系をモデル化して取扱うためには、相互作用するすべての要素について知らなければならない。すべての種に関する知識を得るという転換点には、すべての種のDNA配列を解読することも含まれる。この莫大な資産があれば、絶滅した既知の種を再生して復活させることもできる。
*超人間(トランスヒューマニティ): 生物が自分の進化を制御できるようになると、進化に干渉しようとする。しかし、あらゆる人がそれを熱望しているわけではない。人間が自分の遺伝情報を操作できるようになったとしても、かなりの数の個人や家族や集団がそれを拒否するだろう。「私や私の子供は、何が何でも絶対に遺伝子操作しない」と言う人がいれば、必ず他の誰かが「変異体を作ろう!」と言うだろう。したがって、必然的に、遺伝的系統の分岐が生じる。人間は今までずっと、ゆっくりと気づかないうちに遺伝子を操作してきたのだから、遺伝子操作そのものが転換点ではない。転換点となるのは、亜種が明確に分割されることである。交配不可能な別個の種になるかどうかは問題ではない。超人間とは、分かれたうちの少なくとも一つの種が意図的に遺伝子を自己操作することを意味する。
*特異点: 一般的な定義によれば、特異点とは、無限の速さで変化することである。それがどのようなものか、私たちにはわからない。なぜならば、一般的な定義によれば、それは本質的に不可知だからである。したがって、この転換は将来の予測には役に立たないと思われる。過去の回顧にのみ役に立つ。人間は今までに特異点を一つ経験している。それは言語の発明である。本稿で述べたことのいくつかは、特異点を発生させるかもしれないが、人間はその事実が過ぎた後になって初めて気がつく。
その他にも、ダウンローダビリティー、時間旅行、テレパシーなど、サイエンスフィクション(SF)によく出てくるような多数の転換点があって、情報やエネルギーの重要な転換点だと位置づけられるが、いずれも現時点では必然的でないと私は見ている。
銀河系のいずれかの文明が十分長く存続した場合に遭遇する近未来の局面として、他に思いつくものは何かあるだろうか?
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