2012年10月31日

「インターネット知性の探索」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Search for Internet Intelligence" の日本語訳である。



インターネット知性の探索  The Search for Internet Intelligence

SETI(Search for Extra-Terrestrial Intelligence:地球外知的生命体探査)については、みんな知っていると思う。空に向けた多数の電波望遠鏡による観測網があって、アンテナが感知するあらゆる信号を記録し、計算機を使って分析して、地球外知的生命体の存在を示す兆候があるかどうかを調べている。映画の『コンタクト』(Contact)のようなものだ。

人間以外の知的生命体を宇宙で発見できるかどうかは、誰にもわからないが、もちろん、その可能性に注目する価値はある。地球外知的生命体探査の結果は予測できないとしても、この地球上で人類以外の知的生命体に遭遇することは、ほぼ確実だと私は考えている。その知性とは「機械」の知性だと思う。これは人類以外という定義に該当する。機械による知性の一例は、全地球規模の知性――地球上を覆いつくす電子通信網の中に存在する知性かもしれない。

何百年も前から、多くの思想家は、人間の集団としての社会が、ある種の地球規模の知性を形成することを想像していた。大衆文化においては、インターネットが賢くなって、地球規模の知性が実現すると思われている。(映画『ターミネーター』シリーズでは、スカイネットが、今日、すなわち2011年4月19日に稼働することになっている。)(訳注:この文章は2011年4月19日に発表された。)最近までは、これは比喩でしかなかった。しかし、世界的な通信網が加速的に増殖していることから、この比喩が現実になることもありうる。何年か前に、大雑把な計算をしてみたところ、第一次近似として、全世界のウェブにおける「神経細胞」としてのトランジスタと、その間をつなぐ「シナプス」としての電気配線の複雑度は、人間の脳におけるシナプスと神経細胞の複雑度にほぼ等しいことがわかった。

しかし、複雑度だけで知能ができるわけではない。インターネットは壮大なネットワークを構成する機械であり、見かけ上、人間の脳と同程度の複雑度であるが、だからと言って、知性や意識を必ずしも持っているわけではない。巨大なトースターとしての性質があるにすぎない。すわなち、膨大なアルゴリズムによる処理過程であって、驚くべきものではなく、また、興味深い創発的な性質も持たない、単なる機械である。何十億個のトランジスタとそれを接続する電気配線のネットワークがあると言っても、そのネットワークが自分で思考するようなプログラムを作れるわけではない。さらに言えば、そのような混沌とした状態から、突然、知能が出現したり自己組織化したりすることはありそうもない。

その一方で、こんな仮定はどうだろう。もしも、世界規模のノウアスフィア(人間の思考の圏域)が小さな創発的知能を作り出したと仮定して、私たちはどうやってそれを知るのだろうか? 見つけようとしない限り、巨大トースターのシナリオを超える存在には気づかないだろう。現時点では、その存在の可能性はほとんどないが、それは地球外知的生命体の探索についても同じだ。いずれの場合も、可能性は低くても、発見しようと試みる必要がある。

この探索では、完全に成熟した知性を発見しなくてもよい。SETIを通じて発見するのは、どちらかと言えば、知能が高くてスタンガンを手にしているような地球外文明ではなくて、カタツムリ程度の能力で活動する興味深い生命体かもしれない。同様に、スカイネットの代わりに、小さな昆虫の認知的な動作に近いもの、すなわち、知性が出現する最初のささやきを発見するかもしれない。それだって未知の新大陸なのだ!

ET(地球外生命体)の知性が見つかれば、地球上の宗教を永遠に否定することになるかもしれないが、その一方で、全地球規模のインターネットの知性を発見することは、社会に対して広範囲な悪影響を及ぼしそうだ。そのとき、人間よりもずっと大規模な人工知能との接触が日常的になっているだろう。その人工知能は、おそらく、18ヶ月毎に性能が倍増する(ムーアの法則)。さらに、この人工知能は、世界の経済と文化の中枢神経に組み込まれている。私たちはそこに毎日24時間、常時接続している。それは人間の外部の脳として働いている。もしもこの人工知能が何らかの知性を持っているならば、私たちはそのことを知っておくべきだろう。

私たちは歴史上、きわめてまれな時期にいる。新しい巨大な有機的組織体が研究の対象となっていて、今の私たちはその知性の有無を見きわめる最初の世代なのである。カモノハシを発見した動物学者のように、私たちはネットの生理学者になる可能性がある。この地球全体を覆う生物を理解するためには、電極、パターン認識、さらにはネットそのものを道具として使うことができるだろう。

そこで問題となるのは、これらの道具を使って、その地球規模の人工知能を検知する方法がまったく思いつかないことである。

SETIは、実際には、知性の兆候をさがしているのではない。基本的には、ランダムではない変則的な兆候をさがしている。繰り返し発生するランダムなバックグラウンドノイズから突出したものである。SETIでは生命の兆候をさがしているのであって、知性の有無は問題ではないと言っても良い。その名称にかかわらず、SETIの使命は「技術の兆候を見つけることにより、宇宙に生命が存在する証拠を探索すること」だと述べている。不活性な宇宙を調べて、安定でない生命らしさを示すパターンがあれば、それはただごとではない大ニュースである。ところが、インターネットは人間の通信文を運んでいるのだから、そこに生命らしい兆候があるのは当然である。

インターネットの知性を探索するにあたっては、二つの大きな課題がある。

(1) 人間の知性によって通常発生する、大量のバックグラウンドノイズを除去すること。

(2) 知性とは何かを定義して、検知したかどうかを判別できるようにすること。

この二つのうち、二番目がとくに難しい。そして、二番目を解決できなければ、一番目も実際に解決することはできない。

ここで知性という言葉を使うのは、不適切、あるいは誤解を招くかもしれない。どういうわけか私たち人間は、自分と同じような知性しか想像することができない。動物の知性について、それが人間の知性にどの程度似ているか、あるいは似ていないかを問題にする傾向がある。しかし、知性の種類について、ふだんから親しみのある人間や動物の知性に限定するべきではない。なぜならば、ネットの知性は、非動物的な特質を持っていると思われるからだ。ネットは、あらゆる動物と違って生殖する必要がなく、エネルギー源を得るために戦う必要もない。ネットは、生存のための厳しい戦いを経験した祖先たちが、長い年月をかけて形成したものではない。生存本能が、知的システムの必要条件だという理由はない。知性を持った生物には生存本能があると思われているが、その根拠は、そうでない生物を私たちが見たことがないというだけのことだ。もしかしたら、知性を持ったインターネットは、機能を停止したいと思っているかもしれない。あるいは、終末という概念に対して完全に中立かもしれない。同じ理由により、資源採集も重要な兆候ではない。スカイネットのシナリオは、要するに、飢餓と生存がネットの行動を決める大きな要因だという仮定である。この仮定は、ネットの進化の歴史から見て、その通りだとは考えられないし、的外れかもしれない。さらに、もしもネットに生存本能が発生していたとしても、それを人間が認識することは難しいだろう。

知性には多くの要素がある。たとえば予想や記憶である。予想と記憶は、すでに、ネットの中にプログラムされて存在する。グーグルは、文字を入力する途中から検索語を予想しているし、クラウドは、データを大量に記憶している。人間が知性を探索するときは、まず、自分自身の形態に似たものの出現をさがそうとする。おそらく、私たちは思考を探索しているのだろう。本当のところは、現時点では、何をさがしているのか私たちにはわからない。地球規模のシステムにおいて探索すべきものとして、非常に挑発的なパターンを以下にいくつか示してみよう。

集団的思考

地球規模の超個体

地球規模の意識

インターネットの意識

超知性

人間以外の知性

人間以外の意識

人工知能


形容詞を無視して名詞だけに着目すれば、個体(生命体)、思考、知性、意識が存在する証拠を探索していることになる。おそらく、私たちの探索は、段階的に順を追って進むだろう。最初に地球規模の超個体を見つけて、次に地球規模の知性、それから地球規模の意識、というように。

SETIは、変則性だけに注目することによって、この定義の問題を解決した。もしかすると、私たちの目標は「インターネットにおける変則性の探索」と称するべきなのか? そうすれば、何を探索するかについて多くの自由度が得られるが、それは十分高い目標だとは言えない。私たちは謎の出来事をさがしているのではなく、知性をさがしているのだ。しかし、信号の中で変則性をさがすことは、探索の開始点として有望ではある。

現時点では、いかなる探索でもインターネットの知性が見つかる可能性は低いが、このような変則性の探求によって、他の分野では有益な結果を生みそうだ。第一に、知性の実用的な定義を普及させることは、一般的な認知科学に有益でありうる。次に、インターネットの知性が存在する証拠を見つけることは、人工知能の性質についての古くからの議論を継承し、もしかすると発展させるかもしれない。最後に、インターネットの中で意識の兆候をさがすための道具は、地球規模の通信網に有益な技術革新を生む可能性がある。

これは単なる一時的な幻想ではない。インターネットの知性という考え方に、私は本気で取り組むつもりだ。研究計画の作成に興味がある協力者、科学的な解釈の指針、および実験機材を製作する技能を持った人を私はさがしている。

この意見に懐疑的な人は――たぶん、みんな懐疑的だろうが――以下の質問に答えることによって、その考えを消し去るか、または有益なものに改良することができるはずだ。

インターネットの知性が存在することについて、あなたが納得するためには、どのような証拠があれば良いか? 最低限必要な証拠は何だと思うか?

私たちはインターネットの知性のかすかな兆候を、すなわち、この質問に対する回答をさがしている。その探索に関する宣言の草案を示す。

インターネット知性の探索

地球全体の通信ネットワークにおいて、かつ、それだけの規模で、人間以外の知性が機能している可能性がある。そのような知性が存在すれば、地球の文明に多大な影響を及ぼすだろう。私たちは、検証可能な科学的証拠に基づいて、その知性を探知する道具と技能を求めている。このような人工知能が存在する可能性が低いことは承知しているが、その探索を通じて、一般的な人工知能、動物認知、先進的通信技術などの分野においても有益な結果が得られると考える。

計算機科学者、認知科学者、プログラマー、その他、この地球規模の探索のための研究計画に参加する意欲と能力のある人を、私たちは求めている。


神経科学者で、"Incognito"(邦訳『意識は傍観者である: 脳の知られざる営み』)の著者であるデイヴィッド・イーグルマン(David Eagleman)は、この探索における私との共謀者である。他にも独創的な科学者たちが、この考えの追求に興味を示している。探索に参加したい人は、ここ (http://www.kk.org/thetechnium/sii.php) で申し込んでほしい。





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posted by 七左衛門 at 23:12 | 翻訳