著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門
この文章は Kevin Kelly による "Myth of the Lone Villain" の日本語訳である。
単独犯行による人類破滅はありうるか? Myth of the Lone Villain
ハリウッド映画にありがちな表現として、邪悪で天才的な狂人が、自分で発明した新技術を使って多数の人間を殺す(または、殺すと脅迫する)というものがある。孤独で邪悪な天才は、必ず、ハイテク完備の秘密の隠れ家にいて、一人きりで仕事をする。この時点で、このシナリオは全くの作り話だ。なぜならば、それだけの技術全部を自分一人で運用することは、不可能だからである。たとえば、3台の計算機とネットワークをただ一人だけで維持管理し続けることは困難である。その狂人の電子開閉扉は、発明した直後であれば、きっと毎月1回は故障する。それでは、殺人光線兵器を発明して、利用可能な状態を維持できるのか? いや、無理だ。孤独な天才は、人類を破滅させることはできない。その種の威力を行使するには、協力が必要である。
そこで、私は、新しい法則を提示したい。「一人の人間が他人を殺害する能力は、昔と比べて増大してはいない。」
別の言い方をすれば、「単独で活動する現代の個人は、たとえば、二百年または二千年前に生きていた人と比べて、より多くの人を殺すことはできない。」
一見すると、これは技術に関する他のあらゆる趨勢に逆行するように見える。しかし、この法則は正しいと私は思っている。「全体的に見て暴力は減少している」とスティーブン・ピンカーが指摘しているが、それと同じ理由である。
私の直感が正しいかどうか確かめるために、基礎的な調査をしようと思って、兵器の専門家たちに個人用武器の殺傷能力について尋ねてみた。その武器を使って、一人で何人の敵を殺すことができるのか? いろいろ調べたところ、殺傷能力の数値が10の2乗という桁数から大きく外れる武器は見当たらなかった。昔からある技術、たとえば、火、毒薬、船を沈める、飛行機を墜落させる、というような方法によって、一人で数百人を殺すことができる。その一方で、無人飛行機や機関銃のような新しい技術を使っても、同程度の結果となる。最新技術であっても、数千人を殺すことは困難だということがわかった。
正当な調査をするとしたら、一人の意図的行為による死亡に関する新聞記事を検索して、過去の大量殺人での死者数がどうなっているかを調べることになるのだろう。私は、まだそこまでは調べていないが、それにしても、単独犯行による大量殺人で死者数が何千人という事件は思い出せない(もしご存じであれば、その情報源とあわせて電子メールで教えて欲しい)。
この傾向は、個人については、かなり確実だと思っているが、集団についても正しいのかもしれない。ただし、こちらを証明するのは、集団の範囲をどのように定義するか、という点でちょっと面倒だ。たとえば、9.11事件では、19人のハイジャック犯によって3千人以上が死亡した。実行者一人当たり約150人を殺したことになるが、19人の実行者以外にも、アルカイダのリーダーや支持者を含めれば、その数はもっと少なくなる。
大量殺人事件について、実行集団の構成員一人当たりの死者数を調べれば、同様な結果が得られるはずだ。たとえば、広島と長崎の原子爆弾で10万人から40万人が死亡した。マンハッタン計画には13万人が従事したので、実行者一人当たりの死者数としては、およそ一人から数人程度ということになる。
この現象には、二つの理由があると思う。(1)人を殺すのは難しいことである。より多くの人を一度に殺そうとすれば、その行動はより複雑になり、社会的な協力が必要になる。単独の凶暴な悪人による皆殺しというのは、全くありえない作り話である。(2)社会的な協力を得ようとすれば、それと同時に、社会的な反対も生じるので、その計画のための人材を集めることが困難になる。
可能性だけで言えば、一人の人間が数千人を殺害できるような大量殺人兵器を発明することもありうるが、そのために必要な資金や技術は、それに反対する強い社会的圧力の影響を受ける。したがって、今までそのような事態は起こらなかったし、おそらく今後も起こらないだろう。また、技術的課題というのも、なかなか厄介である。その武器を実際に使用するまで、どのようにして「安全」を保つのか、などなど。この大量破壊兵器の安全という問題があるので、私としては、ごろつき科学者が、天然痘の突然変異か何かで致死性感染症を作り出す、というような発想には賛同できない。繰り返すが、この種の研究を実施するのは、非常に困難である。兵器がうまく作動することを常に確認し続けなければならない(一人でどうやって確認するのか?)。しかも、自分自身や自分の愛する人を殺さずに。そんなことができるのか? できるとしても、一人では無理だ。多数の頭の良い人と多くの資金が必要である。そして、頭の良い人と資金を集めれば、計画に反対する勢力が必ず出現する。
大勢の人を一度に殺すのは多大な労力を要する。スポーツ競技場で核爆弾を爆発させたらどうか? たしかに、多くの人を殺せるだろう。しかし、実際には、それを一人で実行するのは非常に難しい。核爆弾を入手すること、必要なときに爆発させること、いずれも容易ではない。核爆弾の使用方法は、わかるのか? そんな情報は、インターネットにはない。技術が強力になればなるほど、運用するのに多くの人が必要になる。多くの人が必要になれば、それを殺人に使うことにはより強い反対があるだろう。
このような制約があるのならば、すでに開発された既存の技術を転用して、兵器化するのはどうだろうか? 9.11事件のハイジャック犯は、それを実行して、飛行機を爆弾にしてしまった(それでも、死者数対実行者数の比率を大きくすることはできなかったが)。
「技術の欲望」からわかることは、どんな技術も兵器化される可能性があるということだ。したがって、既存の技術を転用するという発想は、実りの多い肥沃な大地のようにも思える。技術を長期にわたって低レベルの殺人兵器に転用することは難しくないが、人間の社会というものは、いかなる技術も大量殺人のために使うことを妨げるようにできているのだと思う。技術を使用するときには、それが危険にならないように、思いつく限りの手段を講じる。人間は、技術からの逆襲の可能性について、非常に敏感であり、技術を開発したり改良したりする過程において、大量破壊につながる選択肢をできるだけ除去している。それは、製作、保管、使用する場所を制限するというように、単純な方法で行われている。たとえば、爆発する可能性のある物は、人家から遠く離れた場所に保管する。無人飛行機は、今後数年のうちに、この過程を経ることになる。無人飛行機を兵器化すれば、何百人も殺すことができそうだが、社会の働きかけによって、数千人あるいはそれ以上の殺傷能力を持つことを防止するだろう。もし何千人も殺すことができるとしても、その製造や運用には、たった一人ではなく、数百人が携わるようになるはずだ。
さて、どこかの国または集団が一致団結して、技術を使って多数の人を殺そうとしたらどうなるだろうか? それはありうることで、戦争と呼ばれている。しかし、スティーブン・ピンカーが証明したとおり、人身に対する戦争の凶暴性、すなわち1事件当たりの死者数は、今まで減少してきたし、減少傾向が続いている。詳しく計算したわけではないが、私の想像では、戦争での死者数対実行者数の比率は、今まで低下していて、今後、戦争がハイテク化するとしても、低下し続けるだろうと思う。
単独の邪悪な天才が悪事を働くという伝説は、社会のインフラストラクチャーを使わずに、一人だけで複雑な技術を作り出すことを意味する。少なくとも最初の段階については、それは不可能だ。技術が強力であれば、多くの社会的支援が必要になり、その強い社会的圧力が技術を抑制することになる。狂気の天才が、殺人用に発明した技術をあちこちの洞窟に用意して、世界を爆破するための秒読みをしているというのは、映画での悪役の行動ではあるとしても、それに類する事態が、現実の世界で今までに起こったという証拠は、全く存在しない(もし私が間違っていたら、訂正して欲しい)。
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