2012年04月23日

「膨大な無」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "A Whole Lot of Nothing" の日本語訳である。



膨大な無  A Whole Lot of Nothing

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私は海から2キロメートルほどの所に住んでいる。今日は自転車に乗って海岸まで行って、そこで波が次々と砕ける様子を見ていた。私の住むパシフィカの海岸の様子はこんな感じである。波が押し寄せ、風が波を吹き飛ばして泡立たせ、太陽が波頭を透かして輝く。岩の上にすわってその様子を眺めていると、見えるものすべてが無形だという確信に圧倒された。それは実在するが固形物ではない。固い岩の上にすわって、足の下にザラザラした砂があり、海水が波として打ち寄せて、頬に風の力を感じ、知識として海洋が生物にとってどれだけ重要かを知っている。このすべてが明白で間違いようのない目印であるが、その本質においては、あらゆるものが無形で重さのない、情報に近い何かでできているとそのとき明らかに感じられた(そして今でもそうだ)。

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posted by 七左衛門 at 21:44 | 翻訳    

2012年04月05日

「不変性と流動性」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Fixity vs Fluidity" の日本語訳である。



不変性と流動性  Fixity vs Fluidity

ニック・カーは、伝統的な紙の本における活字の不変性について、自分のブログで詳しく述べている。その記事では、大きくて分厚くて重い紙の本の魅力を余すところなく説明している。

カーが列挙している「四つの不変性」について、私なりに要約してみよう。

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posted by 七左衛門 at 22:25 | 翻訳    

2012年03月22日

「選択と必然と偶然」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Chosen, Inevitable, and Contingent" の日本語訳である。



選択と必然と偶然  Chosen, Inevitable, and Contingent

1964年のニューヨーク万国博覧会を見に行った私は、目を丸くして口をポカンと開けた子どもだった。必然的な未来が展示されていて、私はそれを丸ごと飲み込んだ。AT&T(米国電信電話会社)館では、テレビ電話が動作していた。テレビ電話という発想は、科学小説(SF)では百年前から未来予想のわかりやすい事例として知られてきた。それが目の前で実際に動作している。そのとき見ることはできたが、使う機会はなかった。しかしテレビ電話が近郊生活に浸透する様子を示す写真が、ポピュラー・サイエンス誌やその他の雑誌に掲載されていた。私たちはみんな、それが自分の生活にいつか出現すると期待していた。さて、つい先日、それから45年後に、1964年当時に予言されたのとまるで同じようなテレビ電話を私は使った。妻と私はカリフォルニアの書斎で湾曲した白い画面をのぞき込んで、上海にいる娘の動画を見ていた。それは昔の雑誌の挿絵に描かれたテレビ電話のまわりに集まる家族に似ていると思った。中国にいる娘は自分の画面で私たちの姿を見ながら、取るに足りない家庭の雑事についてのんびりとおしゃべりした。このテレビ電話は、みんながこうなると想像していた通りのものである。ただし、三つの重要な点を除く。その機器は、厳密には電話ではなく、こちらはiMac(アイマック)であり、娘はノートパソコンである。通話は無料(AT&Tではなく、スカイプ経由)である。そして、問題なく使用可能であり無料であるにもかかわらず、テレビ電話は一般的になっていない ―― 私の家族にも。つまり、必然的だったはずのテレビ電話は、昔の未来予測とは違って、現代の標準的な通信手段にはなっていない。

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posted by 七左衛門 at 22:48 | 翻訳    

2012年02月19日

「ソーシャルメディアの幽霊会員たち」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Ciphers of Social Media" の日本語訳である。



ソーシャルメディアの幽霊会員たち  The Ciphers of Social Media

私のサークルにいるこの人たちは誰なのか?

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驚いたことに、56万強の人たちがGoogle+(グーグルプラス)で私をサークルに入れている。すなわち、50万以上の見知らぬ人がGoogle+で私の話を聞きたがっているということだ。この集団の人数は、私が編集していた頃の雑誌「ワイアード」の読者数よりもはるかに多い。

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posted by 七左衛門 at 21:21 | 翻訳    

2012年01月15日

「再現できない実験結果」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Irreproducible Results" の日本語訳である。



再現できない実験結果  Irreproducible Results

科学的手法(人間がものごとを知る方法)は、その誕生から今日までの400年と比べて、今後の50年でより大きく変化すると私は断言する。科学的手法の新しい進化の一つは、過去10年のうちに出現し始めている。

現在の科学的手法において重要で規範的な概念とは、実験は誰か別の人により再現可能でなければならないということである。これによって客観性、すなわち自分で自分をごまかしていないということを保証する。

2010年に雑誌ニューヨーカーに掲載された、ジョナ・レーラーによるすばらしい記事 The Truth wears Off, (pdf) (真実は減耗する)では、実際に再現された実験はごくわずかしかないと述べている。そのわずかな再実験でも同じ結果を示すものはほとんどない。とくに生物科学においてはそうである。

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posted by 七左衛門 at 15:13 | 翻訳    

2012年01月04日

「公共が失うもの」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "What the Public Commons Is Missing" の日本語訳である。



公共が失うもの  What the Public Commons Is Missing

アイデアや創作の自然な居場所は、共有地すなわちパブリックドメインである。私たちは、アイデアや芸術や発明の創作者に対して、その創作物を共有地の外に置いて一時的に独占権を与えるという工夫をして、より多くの新しいものを作ることを奨励している。それは良いことだ。しばらくの間、米国におけるその一時的期間は、著作権については作品が創作されてから58年(訳注:正確には56年)、特許については17年であった。

不幸なことに、創作者は法人になって、彼らは法律改正のロビー活動をしてきた(さらに国会議員選挙で経済的な支援をした)。この法律改正により、それまでは「一時的」だった期間が、著作権については無期限にまで延長された。(訳注:正確には公表後95年)

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posted by 七左衛門 at 19:38 | 翻訳    

2011年12月21日

「過激な楽観主義」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Radical Optimism" の日本語訳である。



過激な楽観主義  Radical Optimism

私は今の世の中で最も楽観的な部類の人間である。世界はいろいろな点で日々良くなりつつあると本気で思っている。しかし、昨夜(訳注:2011年3月22日)、私よりもさらに激しく楽観的な人に会った。うれしいことだ。私はまだ成長する余地がある!

ロングナウ財団の長期思考に関するセミナーで、マット・リドレーが "Deep Optimism"(強度な楽観主義)と題して講演した。リドレーは最近の著書 "The Rational Optimist"(邦訳 『繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史』)で、人間の文化は言語により形成されたもの(これが社会通念だ)ではなく、アイデアの交配により形成されたと主張している。これは有益な理論ではあるが、まだ驚くほどではない。それよりもずっと刺激的で強力なことがある。リドレーはさらに大胆な主張をしている。進歩は本物であり、永続的で広範囲に波及し、しばらくの間はとどまることはないという。言い換えれば、文明全体はこれまでに、そして現在も、真の成長を遂げている。それは文明のいろいろな側面にかかわり、しかも特権階級だけでなく大多数の人にとっての成長である。さらに言えば、この善事には止まる気配がない。

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posted by 七左衛門 at 22:36 | 翻訳    

2011年11月22日

「終わりのないアップグレードの技を磨く」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Art of Endless Upgrades" の日本語訳である。



終わりのないアップグレードの技を磨く  The Art of Endless Upgrades

私たちが結婚して今の家に最初に入居したとき、建物にコーキング(水漏れ防止)をする必要があった。チューブに20年保証と自慢げに書いてあるシリコーンコーキング材を見つけた。すごい、と思った。もう二度とこの作業をしなくて良いはずだ。

20年後、これはどうなってるんだ? コーキングはボロボロになり、傷んで、役に立たなくなりつつある。あのとき20年は永遠だと思っていたが、そうではないことを今にして実感する。私は60歳近い年齢になって、これまでの人生で永続的な物が衰退することを理解している。驚くべきことに、アスファルトは永久に持続するものではない。鉄も、そして石も、永久ではない。思いつく中で最も恒久的なもの、すなわち私たちの足下にある地球は、60年の間に目に見えて動いている。我が家が建っている丘は、ゆっくりと滑り落ちている。百年経つと木の根が基礎を破壊する。何かを千年持続させようとすれば、それはほとんど達成不可能だということがすぐにわかる。今までに作ったものがエントロピーによって日々壊れていくのに対抗するためには、秩序とエネルギーを常に作用させ続ける必要がある。

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posted by 七左衛門 at 22:22 | 翻訳    

2011年10月26日

「検索にお金を払うとしたら?」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Would You Pay For Search?" の日本語訳である。



検索にお金を払うとしたら?  Would You Pay For Search?

もしも検索が無料ではないとすれば、あなたはいくら払うだろうか? どこか別の世界に、あるいは未来のある時点にいるものとして、検索が無料ではないと考えてみよう。グーグル、ビング、その他何でも利用料金を支払う必要がある。いくらであれば払っても良いと思うか?

私は、年間500ドルまでなら払う。検索は私にとってそれほど重要なものだ。あなたはどうだろうか?

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posted by 七左衛門 at 22:16 | 翻訳    

2011年09月30日

「不可能なことが実現する理由」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Why the Impossible Happens More Often" の日本語訳である。



不可能なことが実現する理由  Why the Impossible Happens More Often

不可能と思っていたことが実は可能なのだと自分に言い聞かせる場面が多くなった。過去何十年かの間には、今まで不可能と思いこんでいた発想が、優れた実用的なアイデアだと判明することが何度もあった。たとえば、イーベイというオンラインのフリーマーケット(蚤の市)が最初に出現したとき、私はそれに懐疑的だった。車を売ろうとする未知の他人にお金を払う? 今まで人間の性質として教えられてきたことから考えれば、これはうまくいくはずがない。でも今では、未知の人による自動車販売は、大成功を収めたイーベイ社の主要な利益の源になっている。

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posted by 七左衛門 at 00:15 | 翻訳    

2011年09月11日

「巻戻し可能なメディア」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Scroll Back Media" の日本語訳である。



巻戻し可能なメディア  Scroll Back Media

誰かが演説をしているときには、注意深く聞く必要がある。なぜならば、言葉は口に出ると同時に消えていくからである。録音技術が出現する以前は、聞き逃したことを聞くためのバックアップも巻戻しもなかった。

口頭での情報伝達から書面による伝達へ、という大きな歴史的転換のおかげで、情報の受け手は、巻物の最初へ戻る、すなわちもう一度読むという可能性を得た。

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posted by 七左衛門 at 20:45 | 翻訳    

2011年08月21日

「プロトピア」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Protopia" の日本語訳である。



プロトピア  Protopia

ユートピアというものは、すべて作り話だ。そこには必然的に欠陥があって、決して現実になることはない。私はユートピアの存在を信じない。とくに技術に関するものについては信じない。(これは、私が技術に関するユートピア論者だという批評家の非難を阻止するものではない。)私のユートピアに対する嫌悪感はますます深くなっている。ぜひそこに住んでみたいと思うようなユートピアには、まだ出会ったことがない。

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posted by 七左衛門 at 11:44 | 翻訳    

2011年08月14日

「二つの物を持ち歩く」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Your Two Things" の日本語訳である。



二つの物を持ち歩く  Your Two Things

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今から十年後に、人は電子機器をいくつ持ち歩いているだろうか?

アップルがみんなに携行してほしいと思っているものは、現時点では3個だ。iPad(アイパッド)、iPhone(アイフォーン)、MacBook(マックブック)である。以前は、1個持っていればアップルは喜んでいた。十年後については、何個だと想定しているのだろう?10個とか?

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posted by 七左衛門 at 11:53 | 翻訳    

2011年07月10日

「現在は必ず不確実である」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Binding Uncertainty of the Present" の日本語訳である。



現在は必ず不確実である  The Binding Uncertainty of the Present

「予測は非常に難しい、とくに未来については」とヨギ・ベラは言った。

しかし、過去について判定すること、すなわち予測が「正しい」ものだったかどうかを評価することも、同じくらい難しい。見えるものに対する人間の認識は、たとえ現在のことでも、たいていは曖昧で不正確であり、そしてきっと不完全である。しかもそれは目の前にある物の話だ。現代の普通の人々が幸福であるかどうか、今すぐに意見が一致することはない。現在について、大いに不確実性がある。

未来のことを語るとき、現在に言及しないわけにはいかない。私たちは、まず、現在の語彙に束縛されている。

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posted by 七左衛門 at 21:44 | 翻訳    

2011年06月26日

「紙の本が消滅するとき」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "When Hard Books Disappear" の日本語訳である。



紙の本が消滅するとき  When Hard Books Disappear

紙の本は絶滅の途上にある。

生物学には「タイプ標本」という概念がある。あらゆる生物の種には、顕著な差を持った多数の個体がある。たとえば、米国には何百万羽ものコマツグミがいる。それはすべて、学名turdus migratoriusという種類の鳥に見られるコマツグミらしさを備えている。しかし、他の鳥を「コマツグミに似ている」とか、あるいは「まさしくコマツグミだ」と科学的に表現する必要があるとき、その何百万のコマツグミのどれと比較すればよいのだろうか?

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posted by 七左衛門 at 20:03 | 翻訳    

2011年06月18日

「実用の図書館」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Library of Utility" の日本語訳である。



実用の図書館  The Library of Utility

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どこか遠く離れた山の上にある図書館を私は夢想している。文明に不可欠な実用的知識の再学習に必要な情報を集めた図書館である。この書庫は、そこまで出かけて行った者には誰にでも開放されている。北極圏にある「スヴァールバル世界種子貯蔵庫」では、世界中の農作物の種子を冷凍保存しているが、文化に関するそれと同等のものだ。収蔵庫にある実用的文書は、文化の種子であって必要に応じて発芽させることができる。それは「実用の図書館」であり、文明のバックアップとなるものである。

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posted by 七左衛門 at 15:04 | 翻訳    

2011年06月04日

「テクノ生活のスキル」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Techno Life Skills" の日本語訳である。



テクノ生活のスキル  Techno Life Skills

今、あなたが学校に通っているのであれば、将来、大人になったときに利用する技術は、まだ発明されていない。したがって、あなたにとって最も必要とされる生活スキルは、特定の技術を習得することではなくて、テクニウム(訳注:文明としての技術)全体、すなわち技術が一般的にどのように作用するかを知ることである。いかなる種類の新技術にも対処できる能力をテクノ・リテラシーだと考えたい。現代生活における技術の激流の中で、安心して過ごすためには、テクニウムの言語を話すこと、そして以下に示す原理を習得することが必要だと思う。

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posted by 七左衛門 at 22:16 | 翻訳    

2011年05月26日

「満足のパラドックス」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Satisfaction Paradox" の日本語訳である。



満足のパラドックス  The Satisfaction Paradox

身の回りにあるのは自分の欲しい物ばかりという世界に住んでいたらどうなるだろう? しかも、それが大量にある。そこにあるもの全部、100パーセントが好きな物ばかりであれば、どうやって選択するのか?

今までに作られた素晴らしい映画や本や音楽がすべて「ただ同然」で、しかも自分や友人の選別のおかげで屑や駄作や退屈なものが排除された世界に住んでいるとしたらどうだろう。そこにある選択肢は、親友が推薦する完璧な最高品質のものばかりだ。さて、次に見たり、読んだり、聞いたりするものは、どれにしようか?

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posted by 七左衛門 at 21:37 | 翻訳    

2011年05月12日

「未来の本の姿」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "What Books Will Become" の日本語訳である。



未来の本の姿  What Books Will Become

本は、読むのに1時間以上かかる自己完結した物語、論証、あるいは知識体系である。本は、発端と中間と結末をすべて包含するという意味で完全である。

昔は、本とは表紙と裏表紙にはさまれた印刷物であると定義されていた。電話帳には論理的な発端も中間も結末もないが、それでも本だった。白紙を重ねて綴じたものは、スケッチブックと呼ばれていた。恥ずかしげもなく空っぽだが、それには表紙と裏表紙があり、したがってブック(本)と呼ばれた。

今では、紙のページの本は消滅しつつある。そのかわりに残っているのは、本の概念的構造である。ある主題に沿った大量の文章があって、ある程度の時間をかけて経験に統合されるというものだ。

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posted by 七左衛門 at 22:39 | 翻訳    

2011年04月27日

「技術の積極的な均衡」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Positive Balance of Technology" の日本語訳である。



技術の積極的な均衡  The Positive Balance of Technology

イタリアの新聞ラ・レプブリカが、私の著書 What Technology Wants (技術の欲望)の要約を1,500語以内で書いてほしいと依頼してきた。そこまでの短縮はできないが、一つの主題を提示することはできる。「技術には倫理的側面がある」ということだ。この短い文章では、技術の進む道筋にはプラスのエネルギーがあるということをできるだけ簡潔に説明した。(そのイタリア語の記事はここにある。)過去数ヶ月の間、本の紹介を依頼された時には、いつもこの話をしている。

チャールズ・ダーウィン以前の博物学は、限りない収蔵品の標本がガラスケースの中にあるだけだった。それを活用するための組織的構造がなかった。生物学には「入れ替わり立ち替わり」があるだけだった。この次々とあらわれる生命体に対して、ダーウィンが進化論という論理をもたらしたのである。

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posted by 七左衛門 at 22:56 | 翻訳