2011年04月27日

「技術の積極的な均衡」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Positive Balance of Technology" の日本語訳である。



技術の積極的な均衡  The Positive Balance of Technology

イタリアの新聞ラ・レプブリカが、私の著書 What Technology Wants (技術の欲望)の要約を1,500語以内で書いてほしいと依頼してきた。そこまでの短縮はできないが、一つの主題を提示することはできる。「技術には倫理的側面がある」ということだ。この短い文章では、技術の進む道筋にはプラスのエネルギーがあるということをできるだけ簡潔に説明した。(そのイタリア語の記事はここにある。)過去数ヶ月の間、本の紹介を依頼された時には、いつもこの話をしている。

チャールズ・ダーウィン以前の博物学は、限りない収蔵品の標本がガラスケースの中にあるだけだった。それを活用するための組織的構造がなかった。生物学には「入れ替わり立ち替わり」があるだけだった。この次々とあらわれる生命体に対して、ダーウィンが進化論という論理をもたらしたのである。

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posted by 七左衛門 at 22:56 | 翻訳    

2011年04月05日

「千人の忠実なファンのスターたち」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Stars of 1,000 True Fans" の日本語訳である。



千人の忠実なファンのスターたち  The Stars of 1,000 True Fans

千人の忠実なファン」という概念は、私が何年か前に提案した理論である。それはウェブで多くの注目を集めた。その要点は、芸術家、音楽家、映画製作者、写真家、著述家などは、たった千人の忠実なファンの支援があれば、まずまずの生計を立てることができるというものだ。忠実なファンとは、あなたが制作するものを何でも買う、1年間に少なくとも50ドルほどの金額をあなたに関するものに使う、あなたのショーやサイン会には全部行くという人である。独立したアーティストがこのようなファンと直接に取引して、ファンが支払った金額の大部分を手に入れるならば(出版社やレーベルやスタジオや画廊などを通じた取引とは違って)、理論上では、たった千人のファンがいれば、5万ドルの生活費が得られる計算になる。

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posted by 七左衛門 at 22:50 | 翻訳    

2011年03月22日

「グーグルで唯一の名前」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Google-Unique Names" の日本語訳である。



グーグルで唯一の名前  Google-Unique Names

あなたという人は、ただ一人しかいない。他のみんなも同様だ。では、私たちの名前も唯一であるべきではないか?

私の名前はそうではない。「私は何人いるか」(How Many of Me)というデータベースで、姓と名の組合せの出現数を調べると、私と同じケヴィン・ケリーという名前を持つ人が、米国内で私以外に千人いる。これはかなり少なめの数字だと思う。なぜならば、私は自分と同姓同名の人に何十人も会ったことがあるが、その名前を持つ人のごく一部にすぎないはずだ。ネット上のケヴィン・ケリー全員の情報整理のために作られたウェブサイトには、約百人の同姓同名の人が登録されている。これがその名前の人の10分の1だとは到底思えない。

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posted by 七左衛門 at 21:47 | 翻訳    

2011年03月05日

「今年11月にはキンドルが無料に?」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Free Kindle This November" の日本語訳である。



今年11月にはキンドルが無料に?  Free Kindle This November

2009年10月、ジョン・ウォーケンバックは、キンドルの価格が一定の割合で低下し、ほぼ規則的に安くなっていることに気がついた。2010年6月までその割合は不動であったので、ジョンはキンドルが無料になる日付を容易に予測できた。それは2011年11月である。

kindlepriceforecast2-1.png
キンドルの価格予想グラフ
The J-Walk Blog: Free Kindles? Thursday, 24 June, 2010 による)


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posted by 七左衛門 at 15:41 | 翻訳    

2011年02月27日

「マクルーハンの予言」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Prophesies of McLuhan" の日本語訳である。



マクルーハンの予言  Prophesies of McLuhan

「製品はサービスになりつつある。」 (1966)

「未来の未来は現在である。」 (1968)

「地球村は詮索好きでお節介な人たちの大規模なものだ。」 (1968)

伝説的なマーシャル・マクルーハンの簡潔な名言を三つだけ挙げてみた。マクルーハンは変わった人だ。謎めいた神託のような言い回しをして、それはしばしば意味不明である。実に予言的な数多くの名言で知られているが、マクルーハンの発言の多くは、ばかげたものだったり陳腐だったりする。初期のテレビ出演場面がここにいくつか収録されているので、実際にマクルーハンを見て自分で判断していただきたい。

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posted by 七左衛門 at 21:58 | 翻訳    

2011年02月13日

「技術に関する宇宙の起源」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Cosmic Genesis of Technology" の日本語訳である。



技術に関する宇宙の起源  The Cosmic Genesis of Technology

天地創造の最初の時点では、宇宙はごく些細なもので、小さな小さな小さな空間に閉じこめられていた。全宇宙の始まりは、最小の原子の中にある最小の素粒子の最小の小片よりもさらに小さな閃光だった。その点の内部はすべて同じ熱さ、同じ明るさ、同じ密度であった。このあまりにも小さい領域のすべての部分の温度は均一だった。実際のところ、何らかの差異が発生する余地はなかった。

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posted by 七左衛門 at 18:49 | 翻訳    

2011年01月08日

「知能の次に来るものは何か?」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "What Comes After Minds?" の日本語訳である。



知能の次に来るものは何か?  What Comes After Minds?

人間の知能は、私たちが知っている最も複雑なものである。そうだということは直感的にわかる。しかし、複雑さを計測するのは困難だ。人間の頭脳の細胞の数は、西瓜の細胞の数とたいして変わらないだろう。だが細胞の多様性と機能については、脳のほうが果物の細胞よりも上回っている。

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posted by 七左衛門 at 15:28 | 翻訳    

2010年12月25日

「必然性の狭き門」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Narrow Gates of Inevitability" の日本語訳である。



必然性の狭き門  Narrow Gates of Inevitability

私が死ぬことは必然だが、どのように死ぬかは必然ではない。生命の進化は必然だが、どのような種類の生命に進化するかは必然ではない。しかし、多様な死に方があるのと同時に、死にはたいてい一定の傾向がある。また、生命の進化はおそらく宇宙にありふれたものだが、その形態のとりうる種類は、やはりごく限られた傾向に従うのかもしれない。この考えは確実に少数意見である。宇宙の生命に関する論者の大部分の意見は、人間の視野が狭いので現時点で可能な、または将来における生命の多様性を正確に想定できないと言っている。

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posted by 七左衛門 at 17:38 | 翻訳    

2010年11月27日

「矛盾を含む技術の本質」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Paradoxical Nature of Technology" の日本語訳である。



矛盾を含む技術の本質  The Paradoxical Nature of Technology

不平衡を持続することができるシステム、すなわち時間が経過してもカオス(一回限りの不平衡)に崩壊せず、また反復的で予見可能な調和(持続的な平衡)に収束しないシステムのことをエクストロピック・システムという。エクストロピック・システムに見られるような広義の不平衡の結果として、この不安定が常に新しいものを世の中に生み出している。「カオスと秩序の境界線上にいる」という定常状態が、永続的な新奇性の源泉となる。技術は生命や知性と同様に、このエクストロピック・システムの一つである。そこから新しい様式、新しい方向性、新しい概念が得られる。この世界の中で新しさの源泉となるのは、おそらく、この深遠な不均衡以外にはないだろう。

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posted by 七左衛門 at 21:18 | 翻訳    

2010年10月31日

「変化の変化に関する考察」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Speculations on the Change of Change" の日本語訳である。



変化の変化に関する考察  Speculations on the Change of Change

科学的手法の発明は、言語や文字の使用と同様に、技術の発展における重要な転換点である。しかし、過去の他の転換と違って、科学的手法は、それ自体がその後も急速な進化を続けている。言語はそれ以後のあらゆる変化の土台となっているが(言語がなければ科学はあり得ない)、言語の基本的構造の進化は止まったままだ。しかし科学は違う。長い目で見れば、科学の進化から生じた転換は、言語による影響に匹敵するだろう。なぜならば、科学は変化のしかたを変えるからである。

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posted by 七左衛門 at 21:06 | 翻訳    

2010年09月18日

「飼い馴らされたサイボーグ」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "We, the Domesticated Cyborg" の日本語訳である。



飼い馴らされたサイボーグ  We, the Domesticated Cyborg

静かなるバビロン(Quiet Babylon)というサイトを運営するティム・マリーは、サイボーグの概念が生まれて50年になるのを記念して(初出は1960年)、多数の著述家に随筆を依頼している。私は自分の新しい著書の一節を改作して、短い文章を寄稿した。サイボーグに関する50の投稿の一番手としてティムが掲載した拙文の一部を以下に示す。

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posted by 七左衛門 at 18:35 | 翻訳    

2010年09月11日

「発明は同時に生まれる」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Simultaneous Invention" の日本語訳である。



発明は同時に生まれる  Simultaneous Invention

雑誌ニューヨーカーに掲載された、ネイサン・ミアボルドの発明工場に関する記事で、マルコム・グラッドウェルが科学史研究者の研究成果を紹介している。それによれば、同時発明はよくあることだという。どの時代にも、発明は同時になされている。大発明でもそうだ。過去にも現在にも、そして異なる文化においても、これは真実である。グラッドウェルは次のように書いている。

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posted by 七左衛門 at 10:32 | 翻訳    

2010年09月01日

「流暢な画面」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Screen Fluency" の日本語訳である。



流暢な画面  Screen Fluency

私たちは、以前は「聖書の民(本の民)」であったが、今では「画面の民」になりつつある。この転換をすべて完結するためには、いま言葉に対して行っているのと同じ容易さで、動画を操作し、作成し、処理することができる道具一式が必要である。

というのが、この日曜(訳注:原文発表は2008年11月)のニューヨーク・タイムズ・マガジンに私が書いた4千語にわたる記事の主題である。私はこの記事の題名を「流暢な画面 ("Screen Fluency")」と名づけたが、ニューヨーク・タイムズは「画面の運用能力を身につける("Becoming Screen Literate")」という見出しをつけた。以下にその抜粋を示す。

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posted by 七左衛門 at 22:29 | 翻訳    

2010年08月13日

「人間性を創出する」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Inventing Our Humanity" の日本語訳である。



人間性を創出する  Inventing Our Humanity

技術に対して二つの相反する見方がある。一つは人間と同じものだと考えること、もう一つは人間とは別のものだとする見方である。以下に、技術は人間と同じだという私の見解を述べる。

テクニウム(訳注:文明としての技術)は、私たちが十分に人間らしくあるために必要なものだ。人間が芸術を創作したり、社会構造を構築したり、宇宙を探索したりするときに、私たちは自分が何者であるかを発見する。たとえば詩、衣服、火、手工具など単純なものも含めて、このような発明がなければ、私たちは自分自身について何もわからない。技術は私たちの人間性を解明するだけでなく、私たちが人間らしく生きるための方法でもある。私たちはテクニウムを創出することを通じて、人間性をも創出している。

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posted by 七左衛門 at 15:26 | 翻訳    

2010年07月25日

「新しい読書の方法」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "A New Way of Reading" の日本語訳である。



新しい読書の方法  A New Way of Reading

スミソニアン・マガジンの2010年8月号(40周年記念号)に私は記事を書いている。この雑誌では未来の展望を40人に依頼した。私は読書の未来について書いたところ、"Reading in a Whole New Way"(全く新しい読書の方法)という題名で掲載された。

その抜粋を以下に示す。

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posted by 七左衛門 at 14:32 | 翻訳    

2010年07月12日

「みたいなもの」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "As If" の日本語訳である。



みたいなもの  As If

私たちは、物を作るときに何か別の物を模倣して、「みたいなもの」を作るという世界へ向かって進んでいる。「みたいなもの」の積み重ねによって、模造品を改善し深化させていくと、ついにそれは実際に別の何物かになる。私たちの創造物は「みたいなもの」から始まって「そのもの」に至る。

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posted by 七左衛門 at 22:27 | 翻訳    

2010年06月12日

「進化の進化が進化する」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Evolution of Evolution's Evolution" の日本語訳である。



進化の進化が進化する  The Evolution of Evolution's Evolution

進化の進化だって?この言葉は、重度の意味不明語のようにも思える。一見したところ、進化の進化というのは、自家撞着(矛盾した表現)あるいは同語反復(不必要な繰り返し)だと思うかもしれない。しかし、よく考えてみると、インターネットのことをネットワークのネットワークと言うのと同じようなもので、進化の進化は自家撞着でも同語反復でもない。

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posted by 七左衛門 at 22:40 | 翻訳    

2010年05月22日

「ツイッターが未来を予測する」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Twitter Predicts the Future" の日本語訳である。



ツイッターが未来を予測する  Twitter Predicts the Future

ツイッターでのつぶやきを使って、映画の興行収入を公開の何週間か前から正確に予測することができる。実際のところ、ツイートによる興行成績の予測は、今まで最良とされていた市場に基づく予測、たとえばハリウッド証券取引所などよりも正確である。

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posted by 七左衛門 at 21:11 | 翻訳    

2010年05月15日

「二種類の生成力」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "Two Kinds of Generativity" の日本語訳である。



二種類の生成力  Two Kinds of Generativity

あらゆる発明は、最初のうちは曖昧で不完全で変化しやすい。新しい発明や機器は、改変したり再定義したりするようにできている。新しくて中途半端なものについては、人それぞれの受け止め方がある。この段階では、その機器はマニアやオタクやファンやハッカーなどが掌握していて、彼らは誰も考えつかないようなことをしてくれる。この漠然とした曖昧さのおかげで、新しい商品やサービスや発想を生み出す能力、すなわち生成力が得られる。その機器は、発明という最も高級な生成の過程にいる。この状況においては、新しく生まれた機器や発明や発想にはワクワク感がある。新しい機器のすてきな不完全さを求める早期利用者たち(エリートとも言う)から見れば、むき出しで制約のない可能性は魅力的である。

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posted by 七左衛門 at 01:23 | 翻訳    

2010年04月11日

「シャーキーの法則」

著者:ケヴィン・ケリー ( Kevin Kelly )
訳 :堺屋七左衛門


この文章は Kevin Kelly による "The Shirky Principle" の日本語訳である。



シャーキーの法則  The Shirky Principle

「組織は自分自身がその解決策となるべき問題を維持しようとする。」―― クレイ・シャーキー

この意見はすばらしいと思う。これを見て、私は明解なピーターの法則を思い出した。それは、組織にいる人間はその人が無能になる段階まで昇進する、というものである。その段階になると、その人は過去の業績のおかげで解雇されることはないが、それ以上昇進できなくなって、その無能な状態で滞留する。

シャーキーの法則が述べるところは、複雑な解決策(たとえば会社、あるいは産業など)は、その解決しようとする問題に専念しているために、気づかないうちにその問題を永続させようとする場合が多いということである。

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posted by 七左衛門 at 11:52 | 翻訳